第六十三話〜兄妹愛
そして唐突に垣間見られる魔法の国の正体について!〜
歩く歩く、カルロは歩く。どこまでもどこまでも、ただひたすらに。 彼の歩みは弛むことなく。それは彼の理想に向かってまっすぐまっすぐ 伸びていく自分の道を歩んでいくかのようである。そのうち、“まっすぐー!!”と叫びつつ全裸になって走り出さないか心配になるほど、 照りつける日差しと歩行の疲労が二人の体力を奪っていく。 もちろん、普通の人間ならばとっくにミイラ化してしまっていただろう。 能力に目覚めた彼らであるからこそ、こうして歩いていけるわけであるが。
「兄さん・・・本当にこっちでいいの?」
「もちろんだとも!」
さっきだって、ウェンディーの帽子を見つけただろ? 一向に沈む気配の無い太陽の日差しがカルロの異常ともいえるほど爽やかな笑顔に照り返す。 実際のところ、彼らの進んでいた行程がそれほどまっすぐではなく、むしろ紆余曲折し、 簡単に言えばかなり無駄があると言うことはカルロ自身気がついていない。 いや、歯牙にかけるべきでないほんの些細なことである。
歩きながらでもさまざまな妄想、もとい高次元の理論を思考できるカルロはまだよい。 時間があることはそれだけ彼の頭の中では仕事がなされているのだ。何の無駄があるだろう? しかし、レジーナはもうへとへとである。
「もーっ! 歩くの飽きちゃったよぉ!」
レジーナはへたり込んだ。子供の様にすねてみせる。
「しょうがないね、レジーナ。少し休もうか。」
カルロは駄々をこねる妹に意外なほどあっさりと同意した。 どっかと腰をおろして妹に暖かい視線を投げかける。 兄の急な態度の変貌にレジーナは少々戸惑っていた。
「元気になったね、レジーナ。以前はちょっとの運動も嫌がっていたくせに。」
ちょっとどころではないのだが、レジーナはちょっと頬を赤らめた。 兄に誉められると言うことはそうあるものではない。 常に上を目指している兄は滅多なことでは首を縦には振らないのだ。
「もう少し、辛い思いをさせるかもしれないが、もうすぐだよ。 これを乗り越えれば僕らは未来永劫世界を掌握することが出来るのだよ!」
何故にそのような結論になるのかは判らないが、 とにかく、カルロは目を輝かせて諭す。 しかし、普段のぎらぎらとしたまっどさいえんちすとの瞳ではなく、 妹を慈しむ、優しいまなざし。
レジーナは昔のことを思い出していた。 以前孤児院での薄暗い生活で、ただ兄だけが支えだった頃。 兄は自分のためなら何でもやった。 自分を虐めた少年達がいつのまにか居なくなっていたことも、 自分にいたずらしようとした職員がいつのまにか辞職していたのも、 全て兄が仕組んだことを黙っていたが知っていた。
レジーナは思う。もし自分が兄ほど頑張れたら 少しでも兄の役に立つことが出来たなら、 兄はここまで狂ってしまわなくてもすんだかも知れない。 危ない橋を渡らなくてもすんだかも知れない。
そんな心の棘も、兄の微笑を見ると忘れられる。 そうだ、こんな私でも兄さんには必要なんだ。 もし自分が居なければ・・・兄はもっともっともっと、 自分を追い詰めてしまっていただろう。微笑みすら忘れてしまうほどに。
自分も笑みがこぼれていることに、レジーナは少し驚いた。 今の兄はあの時の、純粋でまっすぐな優しい兄。 いや、兄はずっと、あの時のまま変わっていない。 変わっていないといえば、兄が今腰掛けている岩は何かに似ている。 あれ?そういえば・・・
「にいさん・・・それ?」
「? どうしたんだい、レジーナ?」
レジーナが不思議そうな顔をしてカルロを指差す。 まさか自分の座っている部分だとは最初は把握できなかった彼も、 なんとなく自分の腰の下を手で触って確認してみる。 冗談の様に何気なく玩んでみるが、己の指先が感じるものの意味に 次第にカルロの顔色が変わった。
「・・・まさか・・・」
ずざざざざざ!
通常の地面であれば盛大な砂埃が立ったであろう。 レジーナも回り込んで、そして顔色を失った。 彼女には想像もつかない物がそこに埋まっていた。
「アルファの頭部!」
溶解した黄金の中で身もだえし、ようやく頭だけ出した、 その時点で硬直してしまったようなアルファの頭部。 彼のサングラスは何も写しださず、何も反応を起こさない。
カルロの眼がまっどさいえんちすとのモノに戻る。 レーザーでも放ちそうなほど瞳孔が開いたカルロがその時天を仰いだことは レジーナにとっては幸いであっただろう。 兄への思いが一気に吹き飛んでしまいそうな修羅のようなカルロの表情。 彼の中の一抹の不安が現実のものとなったのだ。
「と言うことは、ここは・・・」
「地球だった星、とでも申しましょうか。」
カルロが振り向く。待ってましたとばかりに“W”が眼鏡を掛けなおす。 絶妙のタイミングに、先手必勝のタイミングすら逃してしまう。
「休むところを用意しております。お話願えませんか?」
「・・・どういうことか説明してもらいたいな。」
時の司は間の司、にやりとしたままカルロの顔をじっと見つめる“W”。 レジーナは思わず、彼らのやり取りに飲み込まれてしまっていた。 緊張に喉を掴まれて声を出す事すら出来ない。
「あなた達は“私達”に取って必要ということです。」
憎々しくも余裕を見せる“W”。しかし、カルロもまた、静かに穏やかに構えている。 あくまで外見は紳士的である。が、レジーナは、兄が久しぶりに本気になっていることを薄々感じ取って 背筋が冷たくなるのを感じていた。