第六十四話〜時空の狭間?
運命の剃刀が世界の行く末を左右した時・・・〜


「エミリオ君が全ての鍵であることはお察しの通りです。」

 箱舟高校開かずの間・・・だった場所。エミリオ君のお陰で壁も何もかもすっかり吹き飛んで 青い空が垣間見える筒抜けの場所で、“W”はゆっくりと口を開いた。ちなみに赤エミ君は エネルギーの放出し過ぎて疲れて眠っている。お陰で玄玄ブラザースは “W”の話にゆっくりと耳を傾けることが出来た。 どちらに対しても、若干の注意を払いながら。

「“私達”、いや“最初の私”の世界では、彼の暴走で宇宙が滅んだのです。少なくとも一度は。」

 ちらりと彼の愛くるしい寝顔を一瞥し、全く表情を変えずに“W”は話しつづける。

「エミリオ君の能力は、光。光とはつまり、エネルギーのことです。 暴走した彼は自分自身を、そしてこの星の全てをエネルギーとして解放しました。」

「これは一つの仮定ですが、彼の暴走は神と呼ばれるべき存在の計画だったのかもしれません。 この宇宙から物質という枷を外すための鍵、“光りあれ”の痛烈な皮肉です。 しかし、私は他者からの干渉は納得できませんでした。」

「そこで“最初の私”は世界の中に住むものとして自分自身が世界に干渉することにしました。 全力をあげて時間を戻し・・・そして一度、力尽きました。・・・ほら、着きましたよ。」

 金色の荒野を横切って、原色赤で覆われた不気味な屋敷にカルロとレジーナを案内した“W”は その異様なほどに巨大な扉を開きながらも、なおも説明を続けていた。 レジーナは一応相槌を打ってはいるものの、何がなんだかさっぱりわからない。 カルロは表情を微動だにさせないが、多分網の目の様に繋がった彼の情報リンクを駆使しながら、 “W”の言っている事を分析しているのだろう。

「私の能力・・・時を操ることは即ち、エネルギーの方向を操ることなのです。 拡散しようとするエントロピーを収縮させる能力。私はいわば、『マックスウェルの悪魔』なのですよ。」

「彼のエネルギーを使って物質転換を行ったのです。 彼の力は地球上の全てを金に換えるに余りあるほどでした。」

「物質転換?」

 唐突なキーワードにバーンは鸚鵡返しに聴き返す。 ガデスが羽交い絞めにしたまま、キースや栞が“W”の台詞に固唾を飲んで居るさなか、 彼はようやく落ち着いてきたウェンディーをなだめ続けている。 ちなみに、せつなはソニアに遊んでもらっている。 バーンと違って難しい話を無理して聴く必要の無い彼らは、閑で仕方がないらしい。

E=mc2、エネルギーと物質は転換可能ですよ? エミリオ君はエネルギーを作り、私は物質を作りえる。 もちろん、物質転換を星レベルの規模で行うことは、今の“科学”では不可能ですけど。」

 もちろん、バーンが理解できなかったのはそういう意味ではない。それでも“W”は説明を続ける。

「転換したのが金なのは深い意味はありません。 とりあえず私の深層イメージに最も合致していたのでしょう。 エネルギーは無限にありましたけど私一人では荷が重過ぎました。 ですから私は“私達”になったのです。」

「しかし、複数になったことで意見の相違が現れた、ということですかな?」

 “W”が眼鏡を直そうとした瞬間、カルロは自分の眼鏡の位置を直した。 出鼻をくじかれた“W”は少々不機嫌そうな素振りを見せるながら、 カルロの言葉を訂正する。

「私達は元々、別人ですよ。“W”ということでは統一されていますが。」

「人間をコピーできるほど私の能力は高くありません。ですから私は平行宇宙を束ねることにしたのです。 他所の時空から存在するだろう自分自身を召還する。その計画を思いついたのが“最初の私”です。 多分、彼はそれだけで力を使い果たしたのでしょう。それでも彼の目論みは達成されたのです。」

「科学者も教師も、貿易会社の社長も、屋台のラーメン屋の亭主さえ、それらは全て、“最初の私”に有り得た可能性です。 そして同一の世界に集まったとき、私は“私達”になりました。」

「しかし、それはまた別の問題を生み出したのです。“私達”は13名、私達が抜けた世界もそれだけあることになりますが、 その世界は、エミリオ君の影響により破壊されたかもしれません。ですから私達は“魔法の国の長”として この残された世界と余剰エネルギーによって世界に対して“干渉”することにしたのです。 なるべく、世界の揺らぎを最小限に留められるように。」

「これを、最小限といいなさるのかの?」

 玄信が“W”の目をじっと見詰め、諭すように語り掛ける。 この破壊はどうだ?今までこんなことばかりを繰り返していたのかと。

「エミリオ君が門であるならば、私達は門番。 貴方達は門に近づく招かれざる客ということになります。」

 おっと、失礼。そんな態度をありありと見せて声を立てて笑う。 耳障りな声に、エミリオが機嫌悪そうにちらりと“W”の方を見るが、 またすぐに眠りに落ちていく。

ーできるだけ足掻いてください。貴方達はまだ、私の“計画”の内なのですから。ー

 声には出さなかったが、3人の“W”は同時に、同じ事を考えていた事を、いや 三ヶ所で同時に同じ事を言っていることすら気が付く者は居なかった。


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