第六十五話〜亀裂?
数ある選択肢からエミリオに到るのはどれ?〜


 ・・・誰か、きた?

 見ることも聞くことも、考えることすら億劫なまま それでもほんの少しの懐かしさがエミリオの目を醒まさせた。 見えるものはいつもと同じ、まるで宇宙を漂っているような 永久に尽きることの無い向こう側の無い世界だった。

 エミリオはそこに、ぷかりと浮かんでいる。いつからそこにいるのか全く見当もつかない。 1時間?1日? 一週間? それとも生まれたときからずっとこのままだっただろうか? ぼんやりと、気だるさに身を任せていた。自分から力が漏れつづけているのに気が付いていたが、 それをどうこうするつもりも無かった。ただ、流れるままにさせておいた。

 もしかしたら、自分はもう死んでいるのかもしれない。 思考の闇から同じ考えが浮かび上がって、また消えた。 何もかもが均一に見え、しかも自らの意識を失っていない以上 彼にとっては自分の生死など些細なことに過ぎなかった。

 心に重く圧し掛かって彼の気分を曇らせているのは 自分の両親が死んだときに目の前が真っ暗になった時に感じた 全てがどうでも良くなった感覚に似ているものだった。

 あのときの願いが叶ったのだろうか? みんな、全ての人が死んでしまったのだろうか? もしくはその罰を受けているのかもしれない。あのときの弱かった心に。

 思考は長くは持たない。空白に寸断されて引き伸ばされるだけだ。 新しい事にもこれからのことにも彼の興味は向かなかった。そして、今現在のことにも。 彼の心に残っていたのは、それも暫く忘れていたのだが、 心の深遠にまるで水鏡の様に浮かび上がってきた影があった。

 ウェンディー、どうしているんだろ。 最後に見た彼女は、悲痛さに満ち溢れ、 自分の名前を呼んでいた。何故か彼はそのことに満足していた。 自分に対して涙した彼女を、彼はとても愛しく思った。 再び目を瞑り、ゆっくりと、彼女に思念を寄せながら再び暗闇に落ちていった。




「・・・えみりお。」

 ウェンディーが不意にあげた顔は、悦びに満ち溢れていた。 ソニアの妄想が現実の壁を破ったときに似てはいるが、 それよりももっと酷いものだった。

「えみりおだ。あはは、いきてたんだ。えみりお、いきてる。えみりお・・・」

 フラフラと、バーンから離れていくウェンディーに一同は声をかけることすら出来ない。 “W”だけがにやりと、その仕草を見て嗤う。

「おやおや、」

「ざけんじゃねぇ!!」

  まだ何か言おうとしながら眼鏡を直そうとした“W”の顔面を、 栞を振り解いたバーンの拳が抉っていた。 割れたレンズが“W”の顔面とバーンの手のひらを切って赤い血液が流れていく。 しかし、喉をぜいぜい言わせているバーンにはそんな痛みは気にならなかった。 彼のパンチの勢いをガデスが完全に受け止めたので“W”はぐったりと頭を垂れる。

「何でもいいぜ! こいつらが何人居ようが全員ブッ倒す! それで全部収まるんだろ? それで行くっきゃねぇぜ!」

「それも選択の一つだな。」

 熱くなるバーンだが、キースはあくまで冷静だった。 今までバーンがどんな気持ちで我慢していたか、よく分かる。 しかし、少々早計だったとはなじる気持ちも無いではなかったが、 それでもガデスのほうを向いて彼の意見を聞こうする。

「ガデスはどう思う?」

「俺の選択かい? 取り合えずだなぁ・・・邪魔をされずにコイツの話を聞いてみたい。」

 ガデスはそういうと、“W”の羽交い絞めを解いた。 驚く間もなく、“W”は自らの得た好機に転じてガデスの背中へと身を移す。

 彼は溢れる血を抑えるように顔を押さえる。白い手袋がだんだん紅に染まる。 眼鏡を失った“W”の細い視線が恨めしげにバーンを刺したが 口調はあくまで大人しく、ゆっくりと呟いた。

「光栄です。では、ひとまず退散といたします。」

 そう言うとニヤリとするガデスとともに、何処とも無く消え去った。 バーンと栞はあっけにとられていたが、キースには少し分かる気がした。

「はっはっはっは! やはりきさまらはくずぞろいだな! このおれさまのそんざいをすっかりわすれてないか?」

「えみりお、こっち! あいにいかなきゃ、たすけなきゃ!」

 せつなが久々に声を出してポーズを決めた同じタイミングで、 ウェンディーはある一点を指差して駆け出した。 慌てて彼以外の一同は、それはキースの一挙一動に胸をときめかせていたソニアでさえ彼女を追った。

 一人取り残され、無視されたせつなだったが、 自分を見つめる視線を感じた気がして振り向いた。 しかし、カルロやレジーナの目すら欺いたその影に せつなが気が付くことは無かったのである。


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