第六十六話〜ひずみ?
忘れられたほころびはその大きさを増して行き・・・〜


 走り出したら止まらない。ウェンディーは知らず知らずに能力を開放し、 更に全力で走っているので凄まじい勢いで突っ走る。 それを何とか見失わないように、これまた必死でついて行く後の4名。 いや、せつなはかなり離されつつあるのだったが、誰もそれに気がつかない。

 せつなが半泣きになりかかっている頃、箱舟高校の一角で玄信が“W”を諭していた。 余りにも人命を軽視し、あたかも運命の采配者の様に振舞う“W”の態度が 教育者、そして宗教者としての彼には哀れなものと写っていたのである。

「御仏は一人一人の心に在らせられる。他人を利用するということは即ち御仏を利用することに繋がる。」

「人? おかしな事を言いますね。私の能力をご覧になられませんでした?」

 玄信は人の平等を説こうとしているのだが、“W”はあくまで、自分の優位を疑わない。

「私が干渉しなければ貴方達は全て、塵も残さず消し飛ぶのですよ?」

「やんごとなき危機が起きたなら、それは己の手で切り開くべきではなかろうか?」

「己の手、ですか。しかし、この世は『弱肉強食』。弱者は強者に従うべきなのです。」

 “W”の理屈臭さに、玄信は次第にその確信を強めていた。 こやつ、頭は切れるが子供よの。子供が無闇に力を誇示するのと同じく、自分の“力”に酔っている。

 自分が特殊だと思うほど、他人を取るに足りない存在だと、蔑む事もあろう。 足を引っ張る他者に対して、どうしようもない憤りや侮蔑の心が芽生える事もあろう。 しかし、そうではないのだ、先に立った者は後から来る者に手を差し出すべきなのだ。 一人先を急ぐべきではない。行き着く先には孤独しかあるまい。

 ならば、“W”が目論んでいるのは・・・いや、まだ結論を出すには早計である。 先もパトレシアの企みも見抜けなかった。今回は慎重を期すに限る。 機会はもう、二度と無いだろう。

 ちなみに玄真は、先ほど“W”を叱咤しようとして玄信に咎められた。 今はすねて、崩れた校舎の片隅で砂の山を作ってみせる。 黙っている玄信を、“W”は何も答えられない、と解釈したのだろう。 鬼の首でも取ったように自分の論を補足しようとする。

「貴方達だって、人知れずこの世界に関与しているではありませんか。私の事はいえないでしょう。」

「我らはその手助けをするのみ。さもなくば可能性を殺すことになる。」

「ハハハハハ! それこそ『矛盾』ですねぇ。可能性は自分で切り開くものでは無いのですか? 私は、自分の可能性を最大限に活用しただけですよ。」

「『我田引水』とはよく言うものじゃの。人を支配したがるものは即ち、支配されているということじゃよ。」

 急に厳しい表情を作って、玄信は“W”を睨みつける。 無表情な“W”は、玄信の台詞を意に介していない、もしくは聞き流そうとしているかのようだ。 玄信は、もう少し分かりやすく、それでも辛辣に話を進める事にする。

「そなた自身が支配されているということはあるまいか。 思い上がりを利用されているだけだとしたら、どうするつもりじゃ。」

 “W”に反応は無い。うるさがって、エミリオが薄目を開けている。

「私はただ、自分を投げ出し、世界の秩序のために動いている、それだけですよ。」

「ほっ、聞こえは良いが、それは“自分自身のため”という意味ではないかの? 我侭を言うためには、他人が居なければならぬ。自分自身では何も出来ぬから居て欲しい。 自分の都合のいいものだけを集めて、それが秩序といえるのかの?」

 “W”はじっと黙る。恨めしげに玄信を睨んでいたが、唐突に笑い出した。 ハハハハハハ、乾いた笑いが辺りに響く。そして眼鏡を直すと、真面目な顔になって言った。

「・・・影高野に利用価値があると思っていましたが、とんだ見当違いでしたよ。」

「力ずくかの? 拙僧には見えるぞ、そなたの悪業が。業も積もれば力を持つ。 そなたの力は即ち、魔の力。暗黒を司るラゴウの星より来るものよ!」

「何とでも言うがいいでしょう! 来たれ、我がしもべ、時の狩人よ!」

「なっ、なんじゃ! 何が起こったっ!!」

 “W”が虚空に向かって叫ぶと、雲ひとつ無かった空に暗雲が立ち込め、稲光が輝きだした。 突然の轟音に様子を把握していなかった玄真が驚いて、その鍛え上げられた筋肉を誇示しつつ、驚き喚きだす。

「ご紹介しましょう。時のねじれを修正する実働部隊、私が直に手を下さなくても、不穏分子を排除する・・・」

 雷がひときわ大きな落雷を、彼らの元に打ち落とす。一瞬、辺りが光に包まれ何も見えなくなる。 しかしそれはほんの一刹那、光は影となり、見たことのある人間の姿へと、変容した。 赤い髪の毛がまぶしく、醒めた瞳の少年。

「そう、貴方達もご存知でしょう、マイトです! もっとも、この世界ではその職務を忘れていたようですがね。」

「自分の手は汚さず、か。」

 玄信は、悲しそうに首を振った。彼には分かったのだ。今から、何が起こるのかを。 修行により心身ともに鍛えられた彼の脳裏には瞬く間に理解できたのだ。 彼の素早さならば、その一撃を避けることは出来まい。

「切り札は用意するものですよ! さぁ!」

 全てを言う必要は無かった。玄真が慌てて動くよりも、マイトの方が速かった。 稲妻の剣を振りかざし、一閃する。それは玄信の頬を掠めると、“W”の胴に見事に決まった。

「馬鹿な! この私がぁっ!!!!」

「貴様を狩るのがオレの使命だ!」

「全てを支配することは出来ぬ。それが人である限りな。」

 殺生は彼の本意ではない。玄信はじっと数珠を持ち“W”のために祈りを捧げる。 彼の姿は目に映っているのだろうか、崩れて行く“W”、そう、まさに崩れていった。 ばさり、と音を立てることも無く。異界のものは自分の元の居場所に帰っていったのだろう。

 未だにおろおろと、ポンプアップされた筋肉が焦りを隠し切れない玄真を他所に、 玄信はマイトに、何かをささやいた。マイトは醒めた瞳のまま、少し頷くと 今度はエミリオのほうに近づいていった。

 先ほどの落雷ですっかり目が覚めてしまった赤エミは、 引きつった笑いを珍客に向ける。普段のマイトならばすくみ上がるところだが、 威圧感を感じていたのは、エミリオの方だった。

「オレにはまだ、やることがある・・・貴様も来るんだ!」

「なんだい? ボクにも用があるって言うのかい?」

 いつもボクに負けていたじゃないか。・・・負けていたくせに!

 全力で殴りかかったエミリオの攻撃は、マイトにはあたらなかった。冷静にすっと避けてエミリオの後ろへと回る。

「今のオレは、お前が知ってるオレじゃない!!」

 覇気、それだけで赤エミは縮み上がった。薄暗い心の権化である彼は、 ほんの少しの勇気にも反吐が出る思いなのだ。相手が弱ければ今“W”がしたように力で押さえようとするだろう。 しかし、今のマイトは本物であった。自分の好対照、いや天敵と言っても差し支えない。

「来い! お前はお前の役割を果たすのだ!」

「シリアスは疲れるから嫌なんだよ!」

「黙って来い!!」

 嫌がる赤エミを引っ張って、マイトは雷を召還した。 眩いばかりの煌きの後、ただ黙想する玄信と“何が起きたか分からんのポーズ”のままで 固まる玄真を残して二人の姿は消えていた。まるで彼らの存在は“W”と同じく最初から この世界には無かったかのごとく。


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