第六十七話〜愛と真実?
矛盾の重箱を突付くカルロがとうとうレジーナに・・・?〜
「兄者! どういうことじゃ! 何が何やらワシにはちっとも分からなかったぞ!」取り残された、いや話にすら加われなかった怒りと憤りを背筋と前腕筋に顕にしながら玄真が叫ぶ。 玄信はダダッ子のような彼にふと微笑んで、生徒に接するように諭してやる。
「玄真よ、今の彼奴が言った事をよく整理してみよ。何か変だとは思わぬか?」
「変?」
「落ち着いて考えることじゃ。」
答えを言ってしまえば、玄真から考える力を奪ってしまう。 あくまで自分で見つけさせてやらねばならぬ。 もっとも、中年男に爺さんが気にすることでもないのだが、 脳よりも筋肉を使う事に重きを置き過ぎる玄真には 多少の謎も必要だと考えたのだ。
「我らにできるのは・・・栞様たち全員無事に、戻って来れるよう祈ることのみ・・・」
青空に神妙な顔を向ける玄信、 エミリオもマイトも含めた意味での“全員”という言葉だった。 熟考に熟慮を重ねる玄信を他所に、玄真は室町時代より伝わる知恵を出す秘訣、 “座禅をして唾を頭に塗り、そのまま瞑想する”を実践しようとするところであった。
「・・・失礼、行かなければならない用事が出来てしまいました。」カルロとレジーナを前に、“W”はそう言って会話を打ち切った。 テーブルに香ばしいジャスミン茶と水餃子を用意したところで、彼は急に席を立った。 レジーナはちょっと驚いて目が点になりかかっていたが、カルロは悠と会釈をする。
「すぐに戻ってまいります。おくつろぎ下さい。」
そういいながら“W”は部屋から出て行く。パタンと扉が閉まると、 机にレジーナは突っ伏したが、“W”が戻ってくる気配が無いのを 確認してからようやく、カルロはふうと溜息をついた。
「全く、どうしてああも自分で自分を誉められるのだろうね? 僕はすっかり歯が浮いてしまったよ。」
自分のことを棚に上げ、奥歯を叩く素振りをするカルロ。 しかし無理もあるまい、“W”は自分が世界を見守っていたことを みっちりと虚飾に満ちた言い回しで聞かされつづけていたのである。
カルロはお茶を注ぎなおすと、ぐっと飲み干した。
「おそらくは、キース様達もこの世界にきているのだろう。 影高野に封印された邪神か何かの力を借りてね。」
「でも、兄さんあんなのに勝てるの?」
レジーナは少々、“W”の存在におされ気味であった。 さすがの兄でも、神とも呼べ得る存在に勝てるのだろうかと。 が、今はカルロがキースには敬語なことに対してレジーナは拗ねた素振りを見せていた。 そういう問題でもないのだけど。
「大体はホントかもしれないが、エミリオ君については嘘だろうね。」
「嘘?」
レジーナの目が丸くなる。カルロは待ってましたとばかりに解説に取り掛かる。 しかし、答えは最初から言いはしない。最初は簡単なヒントからだ。
「レジーナ、よく考えてご覧? どうして彼らは13人も居るんだろうね?」
「えー? ・・・」
「“W”の居なくなった世界が幾つも、十以上あるというのは、不自然だと感じないかな?」
言われてみると多すぎる。一つの世界にそんな人数をかけて居れば足がでるのではないか。
「でも、同時進行って言ってなかった? この世界を足場に、他の世界にも干渉してるって。」
「それも方便だよ。第一、彼らは時間を戻すことができるのだよ? もっと具体的に言うなら、エミリオ君が暴走する前に戻って彼を排除してしまえばどうなる?」
そのとおりだ。いや、既にエミリオは彼らが確保したはずだ。 それなのに・・・レジーナはカルロの言っている意味が次第にわかってきた。
「それなのに、どうしてこんな荒れ果てた世界が残されているのかな?」
「そういえば・・・おかしいよね?」
カルロは天井を見上げてじっと金銀宝石を散りばめたシャンデリアを凝視していた。 別にそのシャンデリアを鑑賞しているのではない。その財がどこから湧き上がったか、 こんな逸品がどこで作られたかに思いを馳せていた。
「彼らはそれを起こそうとしているんだよ。 そのために、13人に“成った”・・・。 長い長い時間をかけて、エミリオ君の出現を待っていたのだよ。」
“答え”を呟くカルロであるが、例によって謎めいた言葉はレジーナの理解を越えていた。 小首を傾げるレジーナ。暫くその表情をカルロは楽しんでいたようだが、急に、真面目な顔になった。 彼女は、毅然とした表情で立ち上がって自分の方へ近づいてきた兄に じっと見つめられたものだから戸惑い気味に、自分も席を立った。
「レジーナ、僕のことを愛してくれているかい?」
突然何を言い出すのだろう。レジーナの顔は自慢の赤毛よりももっと真っ赤に染まりあがった。 カルロは全く冗談めいた表情は浮かべず、真剣に、彼女の次の言葉を待っていた。
「・・・うん。」
―すまない―
レジーナは崩れ落ちた。彼女のみぞおちにカルロの幻の拳が炸裂したのだ。 床に倒れる妹を名残惜しそうにカルロは見つめていた。
「許してくれレジーナ。しかし、知的好奇心へのケジメとして、 僕は君を巻き込むわけには行かないんだ。」
カルロは妹を部屋に残し、“W”の出て行った扉から廊下へ進む。 多分奴のことだ、甘言で自分らを利用しようとしたのだろう。 無論、これから自分のやることすら頭の切れるあの連中からすると 予定に組み込まれているのかもしれない・・・しかし、ここまで来た以上やるしかあるまい。
「このカルロ・ベルフロント ・・・“神”に挑戦します!」
このとき、彼の眼鏡は今までに無いほど輝いていた。