第六十八話〜長距離走・・・
“W”の牙城を目前にして、考えるキースと行動するバーン〜
ぜいぜい、息を切らせてキースとバーンが並んで走っている。 ウェンディーが視界から消えて暫く時間は経ってしまったが、 向こうには巨大で不気味で悪趣味な建物が見えていた。 他には建造物は何も見当たらないため、 そこが目的地であるらしいことは見当がついたが、 一人先を急いだウェンディーが気になって、二人は先を急いでいた。ちなみに、ウェンディーが一番で彼らは三位同順である。 二番はソニア。彼女は妄想のキースを追うあまり現実のキースを 追い抜いてしまった。キースは彼女がウェンディーすら追い抜いて、 一人迷子になることを非常に危惧していた。
影高野で鍛えられた栞はもっと早く駈けることも出来たのだが、 取り残されたせつながとうとう泣き出したので戻って彼のお守りをしている。 実際、彼女の気配察知能力ならば今のウェンディーの場所はすぐに特定できたし、 攻撃力に乏しさから言って足手まといに成りかねない。彼女はまだ出番ではない。
「ところでバーン、キミの事だから訊くまでもないかもしれないが・・・」
キースが揚りかかった息を落ち着かせて声をかける。 少し先に進んでいたバーン振り返った。
「真正面から突っ込むつもりか?」
「あぁ? 当然だぜ! 当たり前のこと訊くなよ。」
「そうだな。」
バーンが真面目な顔で即答したので、キースは少し困ってしまった。 予想通りの反応ではあるが、思慮が無さ過ぎる。 まぁ、単純明快なのはバーンの良い所ではあるのだが。 相手は希代の謀略家。猪突猛進は相手の罠にかかるだけだ。
「何か考えがあるのか?」
「まだ確証は持てないのだが・・・」
「お前の言いたい事はわかるよ。真正面から行っても玉砕するだけだって考えているだろ?」
予想以上にマトモな答えが返ってきたので、キースの顔は青ざめていた。 彼のオーバーリアクション具合にバーンは少し気分を害す。
「何驚いた顔してんだよ。オレだってそれぐらい判ってるさ。だがな。」
きっと、元の表情に戻ったキース。 そんな彼の目にバーンはとても頼もしく映った。 一息入れたバーンは今度は落ち着いて、ゆっくりと言葉を吐き出す。
「奴らが本気なら、今すぐにだって俺達を襲って来れるだろ? ならどっちでも同じって事さ。考えすぎても良い事はないぜ。」
「それもそうだな。」
それは、キースが気になって仕方がないことの一つだった。 彼らの数は圧倒的に多い。それなのに、単体でしか現れてこない。 しかし、ウェンディーの言葉を信じるならば、 一度に一人しか出て来れないというわけでもない。 彼らの強力な力からして、自分達を殲滅させるなど容易いはずなのに。
「な? だったらどこから行こうが同じだよ。」
そう言って、バーンは先を急ごうとする。 ウェンディーに追いつきたいが為、少々焦っているようだ。 しかし、キースはまだ考えている。
「確証は無い、が、一つ言える事がある。手当たり次第に“W”を攻撃するな。」
「何でだよ?」
今度はバーンの方が戸惑った。先ほどと同じように振り向いてみると キースはその眼差しを、“W”がいるだろう怪しげな建物に向けている。 キースが遠い目をしているときは、すこぶる素晴らしいことを考えているか 訳の分からないことを考えているときだ。おそらく、今回は前者だろう。
「君が話したことに関係するが、彼らの意見はおそらく彼ら自身が思っている以上に統一されていない。 自分が“正しい計画”だと解釈していることを、それぞれが勝手に行っているのだ。」
「・・・だから?」
「味方も居るかもしれない、ということだ。」
以前、ラーメン屋の“W”が言っていた言葉を思い出していた。 『満場一致』ではない・・・あの時は軽く聞き流していたが。
「それに、万一のこともある。元の世界に戻るためにも・・・な。」
バーンはそれを聞いて、少しぞっとした。 確かに影高野の秘法でこちらには来れたが、還り方まで聞いてなかった。 おそらくは栞が帰りの手配をしてくれるのだろうが・・・万一という事はある。
実のところもう一つ、キースには漠然とした考えがあった。 しかし、それはバーンには伏せておこう。確証は得られていない。 キースが考えていたことは、憶測で話をしても、 熱血ではあるが現実的なバーンが信じる話ではなかった。
「そこまでは考えちゃ無かったぜ・・・アブねぇ、アブねぇ。」
バーンは大げさに、照れた様子で頭を掻いてみせる。 それでも、彼には熱いものが感じられた。戦うべき相手を見つけたような、 吹っ切れたような表情。とりあえず納得してくれたようだ。
「・・・後は・・・ガデスがどう立ち回ってくれるかだな。」
ニ三歩いて、それから走りはじめたたバーンの背中にキースは呟く。 先ほどのガデスの行動は何かの考え合ってのことだろう。 敵地に潜入した傭兵がどんな策を仕掛けるのか。 もしくはそれすら、“W”が仕掛けた罠だったのだろうか。
考えていても良いことが無い、か。キースはバーンの言葉を思い出して、 彼に遅れぬよう、駆け出した。
「分かったぞ兄者! アレだけの能力を持ちながら、眼鏡をかけているということじゃナ!? つまり、アレは伊達めがねというわけじゃ!」親指を立て、斜め30度の角度で玄真は玄信にぶつかってきた。 室町時代から伝わる、完璧に自信のあるときの愛情表現法だ。 しかし、玄信はその衝撃でよろめいた後、 ほうと溜息を吐いただけだった。