第六十九話〜再会?
エミリオを求めて駆け回るガデスに奇妙な遭遇が〜
「さてと、どうしたもんかな。」ガデスは趣味の悪い椅子から立ち上がる。 ガデスも結構成金趣味ではあるが、この部屋程キンキンキラキラなのは さすがに遠慮したい。とりあえず伸びをしてあくびをしてやった。 “W”のあの様子だと、おそらくはキース達が攻め込んできたか、 もしくは一人ぐらい、殺られたのかも知れないと思った。
ガデスもカルロやレジーナと同じような部屋に通されていた。 そして彼らと同じような話を聞かされてうんざりして来たところで 彼らと同じように、勝手に話を打ち切られたのだ。 傭兵としてこれほどのチャンスは無い。しかし、罠である可能性も高い。 迂闊に動くとドツボにはまってしまうのだが、 ガデスはそれほど緊張した様子も無くガデスはくるりと部屋を見渡した。
ゴテゴテとした調度品の影に監視カメラの気配は無い。 だが、“W”達にとって空間的距離は無意味である。 いつまた戻ってくるかも知れない。 “W”から後ろを取られていたことはガデスにとっても 一度や二度ではないのだが、逆を言えばドコに居ようが同じって事でもある。
ガデスは今まで散々考えてきたプランを再度確認する。 とりあえず、コレで自由行動が出来るようになった。 アマちゃん連中の中に居ては思い切った行動は取れない。 元々一匹狼の彼としては集団の中は息が詰まるのだ。
「さてと、こっちだな。」
ガデスはポケットから携帯を取り出した。いやこんな異世界で電話が繋がるはずが無い。 そのディスプレイには多重に円が描かれており、その右下のほうでは点が点滅している。 要するにレーダーである。エミリオ君の制服のボタンに発信機を内蔵しておいたのだ。 それは彼がエミリオを引き取って以来ずっと仕込んできたものである。 偶に発信機の電池を取り替えなければならないのが少々手間ではあったが、 花の舞台に役立てば苦労も報われるというものだ。
テレパシーも良いが、やはり使い慣れた機械に限る。 奴らはこんなローテクなんぞ鼻で笑ってやがるんだろうな。 そんなことを考えながら、ガデスは場所を確認する。 今エミリオが居る場所に全ての謎が隠されている。それは間違いあるまい。 まずは中枢を叩くのが戦略の基本だ。エミリオを奪還し、その後“W”達を個別撃破する。 おそらくその頃にはキースやバーンがやってくる筈だから、 浮き足立った奴らを叩くのはそんなに苦労ではないはずだ。
彼の巨体は驚くほど軽やかに、そして音も無く廊下を進む。 自分の能力は既に把握している。重力を操る彼は地面に足をつけずに まるで宇宙飛行士の様にスイスイと進んで行く。 気配を殺すことに長けた彼には鬼に金棒の能力である。 目標まで、そう遠くは無い。しかし一刻の猶予も成らないのだ。 彼は迷路のような楼閣の中を一人、滑走していた。
エミリオがどうなっているか?それは今は考えないことにする。 この際、どうやって戻るのかも忘れておく。 ただ、傭兵としてやるべき事をやる。今の彼は以前の、 地獄の傭兵として恐れられていた頃の精神テンションに戻っていた。 だからこそ、彼はまだ曲がる前の通路から発せられる 異常な気配に気がつくことが出来た。あと一歩だというのに。
気配は、ガデスが曲がりきることを見越して声をかけてきた。 あの、耳障りなまでに洗練された人の心を舐めきった声が。
「お散歩ですか?」
「まぁな。」
ガデスはあっさりと姿を晒す。 隠れていても意味は無い。むしろ相手が見える位置の方が対処は出来るのだ。 逃げ隠れすることのタイミングは彼は十分心得ている。
目の前に居るのは、ラーメン屋の格好の“W”であった。 いや、リチャード・ウォンと呼んだ方が良いだろうか? ガデスの姿を認めると、彼は深く頷いてズボンのポケットから何かを 取り出すとポンと放り投げる。
「お探しなのはコレではありませんか?」
“W”が居る時点でガデスは心の中で舌を出していた。 投げてきたのは予想通り、エミリオの服のボタン。 発信機をつけている奴である。さすがに見落とさなかったか。 “W”は指をチチチと振って見せる。
「ふふふ、ズルはいけませんよ。私を甘く見ないことです。」
「どういうことだ?」
そういいながら、ガデスは妙に緊張している自分に気が付いた。 体面上は友好的な態度を取っている“W”。 相手が奇襲をかけてきても対処の出来る冷静さは保持している。 しかし、どういうわけだか掌に汗が滲む。 何らかの危機を本能が嗅ぎ取っていることをガデスは悟った。
「カルロさんもどうやら同じ目的のようですから、 ハンディがあるのは不平等かと思いましてね。」
「奴も居るのか・・・そうか。」
待ち伏せていたわけではないか。 それよりも、カルロまで紛れ込んでいるとは。 敵になろうが味方になろうが、どちらにせよ面倒であることには変わりない。
ガデスの困惑が顔に出たのだろう。その影を認めると “W”はクククと含み笑いをすると、くるりと手を後ろに回す。
「では、あまり奥まで行くと迷子になりますので程ほどの所で部屋にお戻りください。」
“W”はそれ以上ガデスを咎めることなく、いつもの鉄面皮を決め込んで ガデスの脇を通り過ぎた。ただ、すれ違いざまに何かの紙切れを 彼の手に握らせた。思わず引いてしまいそうに成りながら、彼はそれを受け取った。 まるで、スパイ同士でやり取りするような小さな小さなメモ。 そんな流儀を彼が知っているとはと訝りながらもそれに目を通した。
「ちっ、やりやがるぜ。」
道理で、普段の間の取り方と違うわけだぜ。 ガデスは呆れ半分でその紙切れの文句を読み直す。 そこには女の文字で“通帳返して”と五つの文字が記されていた。