第七十ニ話〜真実!?
放たれた剣はせつなの胸を直撃して?〜
「エミリオ・・・何処に居るの?」階下が騒がしくなる中、ウェンディーは一人館の中を彷徨っていた。 彼女が探しているのは少し捻くれては居るが不器用なだけで本当は素直なエミリオ。 いち早く建物に潜り込んだ彼女は入り組んだ廊下を散々迷った挙句最上階まで辿り着いていた。
大きな扉から光が漏れている。ウェンディーはそっと覗いてみる。途端に、大声が聞こえてきた。
「なんじゃいこりゃぁ!」
「なんですかこれは!」
二人の声が重なって、驚いて顔を見合わせた。
「ガッ・・・ガデスさんではありませんか。エミリオ君の保護者の。」
「カルロ・・だったな、エミリオの担任の。」
別の場所から入り込んだ二人が鉢合わせた。思わず名刺を交換してしまう。 ウェンディーはそんな二人に気を取られていたが、彼らが驚いたものを 見て彼女も声をあげた。
「エミリオっ、エミリオ!」
彼らの前にあった、いやそびえ立っていたのは巨大なエミリオの像であった。 真っ白な大理石で造られたそれは、大きく羽を広げ、まるで天使のように神々しく、 そして威厳のある姿が三人を見下ろしている。
駆け寄るウェンディーのおさげを、何者かが掴んだ。 キャ、と少し悲鳴をあげた彼女は引き戻されるように歩を留める。
「初めまして、私、最初の“W”である、リチャード・ウォンと申します。」
「やはりな。」
再び、ガデスとカルロの声がハーモニーを奏でる。 声の主は、外見は間違いなく(謎の香港人モードの)“W”ではあるが、 その雰囲気に普段ならば少しは感じられるいい加減さは存在しなかった。
ガデスは相手を冷静に分析する。 写本は3%づつ劣化していくとは誰の言葉だっただろうか。 オリジナルの“リチャード・ウォン”から発せられる威圧感は “W”を全員集めたものよりも確実に強い。
「それで、俺たちを泳がせて何を企んでらっしゃるんだ?」
ガデスは皮肉げに言い放つ。ウェンディーのおさげを玩ぶウォンの視線は刺すように冷たい。 それに耐える為には、冗談の一つでも出さないとやっていられなかった。
「ウェンディーさんには特別に用がありましてね。」
あなたたちには用はない、と暗に言っている。 それが何を意味するのか、ガデスとカルロは息を呑んだ。
「つまり、“W”達ではなく、あなたが“神”というわけですね。」
カルロが、少し声を上ずらせながら、喉から言葉を振り絞った。 傍若無人なまっどさいえんちすとの彼も、思いがけない威圧感に 震えが収まらないようだった。
「それほど難しい話ではありませんよ。“W”は私の心から分離した分身ですからね。むろん、私よりも劣りますが。」
余裕。舞うように、芝居のかかったウォンの振る舞い。 しかし、まるで蛇に睨まれた蛙。百戦錬磨のガデスも相手の隙の無さに驚嘆していた。 少しでも隙を見せれば、彼の拳がウォンの頭をかち割っているところだが、 上手くウェンディーを盾にして攻め入らせることを阻んでいる。
「彼らは私の、本当の目的を知りません。ただ己の任務を遂行するだけです。」
「使い捨ての駒ってワケか。他の全てと同じように。」
ウォンの顔が緩んだ。
「折角なので、全てを教えて差し上げましょう。何も知らぬまま死に行くのも味気ないでしょうからね。 実は、私もクローンなのですよ。更にオリジナルのリチャード・ウォンもまた存在するのですよ。」
ガデスもカルロも、驚きの表情を隠せなかった。悪夢。 あまりの唐突さに恐怖すら感じることも出来ず、素っ頓狂になってしまった表情。 ウォンは彼らの様子を繁々と見つめた後、話を繰り始める。
「別の世界のお話しだとお考えください。その世界では能力者は差別され、迫害されていました。 そんな中、リチャード・ウォンは己の持つ能力を研究していました。私はそうして生まれた一人なのです。 クローンの殆どは彼自身の力となる為に実験に供され、失われましたがね。」
今度はカルロが唾を飲んだ。いや、彼の場合その状況を羨んだからであるが。
「彼は完璧主義ではありましたが、非常に趣味人でしてね。 危険を味わうという高尚な趣味を持っていたのです。 クローンの何体かは放逐されました。 かなりのクローンが彼に挑戦し、あえなく散っていきました。 記憶、知能、感情、肉体の全てをコピーしたと言えども 日々進歩するオリジナルには敵わなかったのです。 ウォンはそうして常に己を鍛えていましたからね。」
ウォンはもがくウェンディーを物ともせず、淡々と話しつづける。
「真正面から勝負を挑まなかった者も居ます。 まぁ、それはかなり少数でしたけどね。なんせオリジナルがオリジナルですから。 私もかく言う一人ですけど。」
ピクリ、カルロが妙な動きをしかかったが、ウォンの視線に阻まれて動きを止めた。 隙というには小さすぎたので、ガデスも殴りそびれる。
「そうこうしているうちに、彼はとある少年に目をつけました。 青い髪、儚げな容姿、そして強大な能力。彼は名をエミリオ=ミハイロフといいました。」
「パラレルワールド、ですか。」
カルロは背筋を戻しながら、ゆっくりと口を挟んだ。 ウォンはそれを微笑みで答える。
「彼の、エミリオ君の能力を100%引き出すことが出来れば 世界を牛耳ることなど赤子の手を捻るようなものであるのに。 オリジナルのウォンはエミリオに対してはすこぶる手ぬるい扱いを始めました。 私はそれが我慢ならなかったのです。そして考えました。 このエミリオには手を出せない、ならば他のエミリオではどうか、と。」
「おいおい、訳わからねー事言うなよ。」
ガデスがぼやくのを、カルロが制した。
「ふふ、お分かりにならないのも無理はありません。 世界というものは常に揺れ動いている存在なのですよ。 ほんの些細な出来事が積もり積もって世界は成り立っているのです。 そうして、ある可能性が起こらなかった世界、そしてある可能性が起こった世界。 この二つはまるで別のものになります。それが先ほどカルロさんの言われた、平行世界というものです。」
「世界は無数に存在しえます。例えば私が生まれなかった世界、私が科学者にならなかった世界もありえます。 ほんの些細な可能性の違いがそれを決定しているのです。しかし、それは時間の流れが決まっているが故に、 交差することは無いのです。一度離れた世界は、再び合流することはありえません。 ただ、貴方の様に時間を操れるならば別ですがね。」
カルロが説明を補足した。
「良く出来ました、カルロさん。時間を操ることが出来れば、別の世界に干渉することも可能です。 オリジナルのウォンもその片鱗を持っていたのですが、彼にはあの世界がありますからね。 彼はあまり磨かなかった力です。ふふふ、そして私は貴方がたの世界を見つけました。 理想的な世界、私でも十分干渉でき、そしてエミリオ君の潜在能力があの世界を上回るものを!」
「要するに、お前はエミリオが欲しかった。そのために策を弄してたって事か? 他の連中の迷惑も顧みずに。」
ガデスは自分のことを棚において、思いを吐き出した。 利用する事はあっても、利用されることはご免だ。 同じ事をカルロも感じていた。しかし、スケールが違う。 カルロは人知を超えた相手に少々気押されしていた。 「そうです、ここは私の世界ですから。もう少し面白いものを見せましょう。せつなの話です。 お二人とも既にご理解されていると思いますが、彼はエミリオ君の能力を 引き出す為の囮みたいなものです。エミリオ君は光、せつなは闇ですからね。」
ウォンが指を鳴らすと、暗闇に一つの窓が出来た。 それは外の風景を明らかにしている。キースとバーンが、“W”達と戦っている。 “W”達は既に劣勢になっていた。後少しでキース達が勝利するだろう。
息を切らすバーン、そしてキース。しかし、“W”達は虫の息。 そこに唐突に大声が上がった。
「はっはっは! くせんしているようだな! しかし、このおれさまがきたからにはもうあんしんだ!」
せつながポーズをとりながら、大声を張り上げる。 後から栞が追いかけてきた。どうやら良い所取りをしに現れたらしい。 しかし、“W”一人が待っていたかのように立ち上がった。
「目的だけでも果たせてもらいます・・・」
ほんの一瞬だった。まさに刹那。 “W”はそこにかつて合った存在、彼の武器である金色の剣を過去より召還した。 ぐさり、それはせつなを丁度串刺しにする格好で、彼の身体を貫いた。
「何故だぁぁぁああああ!!」
せつなの絶叫が虚空の世界に響いた。
「見なさい、闇の因子が消えました。あとは光の因子が膨張するだけです。」
その途端、エミリオの像が鳴動を始めた。 カルロもガデスも、驚いた。白い像は次第に、黄金色へと輝き始めている。
「そして、彼が目を醒ましたときに・・・抑制因子となるのはこの人です。」
ウォンはウェンディーの首に手をかけた。
「完全な世界が始まります。」
リチャード・ウォンは勝ち誇ったかのように目を細める。 ウェンディーは彼のゾクリとするほど冷たい手に触れられて、 彼女の顔もまた青く、そして熱を失いかけていた。