第七十四話〜誤算
余裕一杯で調子に乗る“W”を、倒せるのは誰?〜
バーンとキースの戦いより、時間は少々さかのぼる。マイトとパティ、そして突っ込み要員の赤エミが、 “W”達七名に対して非常に優勢に戦っていた。 というよりも、マイトが一方的に強かったのである。
襲い掛かる“W”達を、時代劇さながらバッさバッさと切り捨てていく。 “W”も強いは強い。しかし、強者同士の争いは紙一重の差でケリがつく。 パティが加勢する間もなく、“W”の数は見る間に減っていった。 それはもう、胸がすっとしたぐらいだと赤エミは後日述べている。
しかし、最後の一人を倒したとき、建物が鳴動した。 実際に音が響いたわけではない。それは精神の共振。 サイキッカーである彼らにはズシンと重苦しいトーンを感じた。 悲しみと、苦しみ。絶望と、無力感。 ほんの数秒のことであったが、建物は非常に居づらい力場に覆われた。
「いやな“音”ね。」
愛する人を守れない時、恐らくこんな気持ちになるだろう。 パティは考えたくも無い感情を喚起されて少し不満だった。
「・・・ちっ、アレはボクだ。」
赤エミが頭を抱えて吐き捨てた。 自分の本体のネガティブな感情、それは彼自身にも痛みである。 彼はそれをモロに喰らった。どうしようもない、やるせなさ。 エミリオの心の中でじっと身を潜めていた彼は外界に力を及ぼすことが出来ないでいた。 それと同じ、何度も何度も味わされた屈辱の味である。
「お姉ちゃんに・・・何かあったのか?」
ポツリと最悪の事態が思い浮かんだ。 自分の本体がここまで追い詰められるとはただ事ではない。 彼が今自分と同じ立場に置かれている。 普段ならセセラ笑うところであるが、ウェンディーが絡むなら話は別である。
「ぐずぐずするな! 急ぐぞ!」
「勝手に仕切るな!」
既に先頭を切っているマイト、減らず口を叩く赤エミ。 マイトはただ、戦いに終止符を打つことしか考えていない。 パティは不満を噛み潰しているように渋い表情を浮かべていたが、 意を決したように、最上階へと駆け上がっていった。
マイトが扉を開く。続いてパティ、 いつのまにか抜かされた赤エミは扉を蹴飛ばしてから入った。 彼らは巨大なエミリオ像には目が行かなかった。それよりも カルロとがガデスが部屋の隅に横たわり、中央には ウェンディーのお下げを引っ張ったままの“W”の存在に気を取られた。
「ようこそ、我が城へ。」
「お姉ちゃん!? ・・・貴様ァ!」
突っ込む赤エミ。しかし、まるで光の速度で翻る“W”の正拳が触れた瞬間、 一気に壁まで吹き飛ばされる。普段の“W”ではない。
「うわぁっ!?」
「・・・よぉ、元気そうじゃねーか。」
ガデスは、自分のほうに吹っ飛んで来た赤エミに声をかけた。だが、体は動かさない。 実はついさっき、カルロとともにウォンを殴りに行ったのだが、あっけなく弾き飛ばされたのだ。 闘っても勝てないと見て、体力を温存している所だ。
「どうです?貴方本体の力は。 エミリオ君の力は私の力を何倍にも増大させているのです。」
「・・・エミリオ? えっ、エミリオっ! 生きてたんだ!!」
ウェンディーが急に反応しはじめた。とは言えど“W”の重荷には全くなっていないようだ。 ただ、彼女の心には明るさが灯った。 もちろん、エミリオは赤い方ではあるが、混乱している彼女にとって、 彼がキースにボコられた事すら今は忘れ去っていた。
「っ・・・ううう・・・。 マイト君に、マイヤーズさん?」
ウェンディーの叫び声で、カルロが目を覚ます。 本気で気絶していたのだったが、彼は彼らが何故居るか、飲み込めていないようだ。
「彼女を斬ると、彼は暴走しますよ?」
攻撃を仕掛けようとしたマイトに向かって、暴れるウェンディーを盾にする“W”。 パティはマイトに攻撃停止を命ずる。ウェンディーが無関係ならば躊躇無く彼ごと斬らせて居たところだが。
「くくく、貴方達が倒した“W”の力も私が回収しましたからね。彼らは私、即ち最初の“W”であるところの リチャード・ウォンと再び一つになったのです! 絶望しましたか?」
パティは素早く計算した。今の“W”の力は今までの比ではない。更にエミリオの力も加わっている。 どうする? 赤エミを叩き切れば本体の力も失せるだろう。だが、既にウォンが彼を狙っていた、黙らせるつもりだ。
「貴方の存在は計算外でしたね。 まぁ、しかし、ほんの些細な誤差でしかありません。」
にやり、ウォンは動けないパティとマイトに睨みを利かせて、 再び立ち上がろうとする赤エミに向かって殺意を向けた。
「はっ、逃げてっ! エミリオ、私に構わず逃げてぇっ!」
ウェンディーに正気が戻り始めた。誤差とは言ったが、彼女が扱いにくくなることはウォンにとっては不利益である。 もともと赤エミは元の世界に残しておく予定だったのだ。そうすればエミリオ本体に干渉することは出来なかった。 しかし、こうなっては仕方が無い。別のところに封じ込めるつもりだった。
「ふっ・・・ふははははははははっ!」
カルロが唐突に笑い始めた。ウォンは露骨に不快の念を現した。 ガデスやパティは特に気にしなかった。戦場では急に正気を失う者も多いので、 彼らには見慣れた風景であったのだ。
「ほんの些細な誤差? 笑わせないでください。 神の計算はパーフェクトであるべきです!」
ウォンの動きが止まった。チャンスだ。ガデスはいつでも飛び出せる用意を 彼は赤エミの壁になることだけを考えている。
「今ので確信しましたよ。貴方は神ではありません。神は計算を過ちませんからね!」
そう言い放つカルロ。それでもまだ、パティやガデスは納得していなかった。 希代のまっどさいえんてぃすとの眼光は、それが正気なのか元々狂っているのか判断しづらいものだったからだ。