第七十五話〜放たれた力!?
そして封印は勢い良く弾き飛ばされて〜
「兄さん・・・?」レジーナは建物の中を彷徨っていた。気がつくと机に突っ伏して気を失っていた。 驚いて見渡したが、兄の姿は無い。慌てて廊下へと駆け出したが、 人の気配は感じられなかった。しかし、愛する兄を想えばこそ、 レジーナの覚醒した能力は兄の気配の一つや二つ(いや、二つも要らない)、 感知することなど造作ない。
サイキッカーが近くに居る。レジーナの魂の眼はその存在を告げている。 見えない気配を視る力が彼女も知らぬ間に、確実に発達していた。 それは兄ではない。しかし悪意は感じられない。それが居る廊下の角を曲がる。
「ああん、天国っ、天国ぅ・・・」
頭はすっかりお花畑、妄想のパラダイスで天使(顔がキースであるが)と 戯れているソニアの姿にレジーナはギョッとした。
「! ソニアっ? どうしてこんなところに!?」
はっ、見られてしまった・・・正気を取り戻したソニアは とりあえずレジーナとは反対側にダッシュする。 もちろん、レジーナへの口封じの手段をあれこれと考えながら。 彼女は今、自分が生きているという事すらすっかり忘れてしまっている。
「面白いことをおっしゃいますね。カルロさん。」
場面変わって、ウォンの間。言いたい放題のカルロにウォンは少々立腹気味である。
「私は事実を言っているだけですよ。」
カルロの言葉にウォンはフンと、鼻で笑う。 見下した態度がありありと見て取れる。ガデスは実は少しほっとした、 これで少しは時間が稼げる。そう思ったのは彼だけではなく、 パティも実はそれを感じていた。 しかし、ウォンは時使い。時の流れは彼の支配下にある。
「そうですねぇ、ならば私の能力をご覧頂きましょうか。」
すっと、扉を指差す。
「三十秒後、あの扉は開きます。入ってくるのはバーンさん、そしてキースさんです。」
にやり、精一杯の営業スマイル。絶対者の前にひれ伏す者たちへの最後の余興、 ウォンは心の中でそんなシチュエーションに酔っているようだった。
「二十秒。」
ウェンディーは素直に扉を凝視していた。
「十秒。」
ウォンは構えを取った。
「五、四、三、ニ、一。」
「ココかぁっ!」
勢い良く扉を開いて飛び込んできたバーン達! ウェンディーは叫ぼうとした。いや、叫んだはずだった。 その1刹那、お下げが一瞬だけ軽くなった気がした。
「バーン!」
「うおっ!?」
「うわっ?」
ウェンディーの叫びが木霊した。が、その瞬間、二人は壁に叩きつけられていた。 ウォンは一歩も動いている気配は無かった。お下げはウォンの手の中にあった。 キースはバーンよりもやや上方へ吹き飛ばされている。 こんなときにも上位置を取るキース。そのコダワリの為には命をも張る。
「今のも私の能力。私に間合いは存在しませんよ。」
ガデスに向かって、ウォンは微笑んだ。 そしてギャラリー達に、畏怖の視線を自分に向けるようにそこはかとなくアピールする。 自分の絶対性を知れ、そして頭に残っている甘い考えを絶望に置き換えよ、と。
「三十秒のロスタイム、全く良くやるよ。」
エミリオが肩をすくめて見せた。ウォンは少し戸惑う。予想外の反応だ。
「ほんと、サービス精神旺盛ね。自分の首を締めてまで力を誇示してくれるなんて。」
パティがくすくすと笑う。
「えーっと『裸の大将』だっけか?」
「違うぞバーン。それを言うなら『お山の大将』だ。」
派手に吹き飛ばされた割にあまりダメージの行っていない二人も会話に加わった。 確かに、二人は一瞬で防御の体制に入った。しかし、防御よりも早く殴りつけたはずだ。 手ごたえはあったのに。
「まさか! 私の・・・エミリオ君の力が抑えられている?」
「“W”の力を回収した、という事はどういうことかお分かり?」
パティの台詞にウォンは絶句した。そう、せつなの力を封じたのは“W”だ。 彼に止めを刺したのも“W”であるが、しかし、その前に術が解けたと成ると・・・ 現に、栞の膝の上の目を閉じたせつなには強大な力が集中していた。
「クッ・・・この俺様としたことが不覚だったな。」
「せっ・・・せつな・・・さん?」
栞は驚いた。もちろん彼女でなくても驚くだろう。 せつなから耳と尻尾がなくなっている、いや、ギャグマンガ仕様の等身がすっかり立派に、 八頭身はあろうかというプロポーションになってしまった。しかも漢字で喋っている。
「フッ・・・この俺様が死ぬわけなど無かろう! この“マジカル☆刹那”様がな!」
ズバッ!勢い良く立ち上がるとたった一人の観客相手に、 律儀にポーズを決めるせつな、いや刹那。 あまりの唐突さに栞は目を丸くする。そのくびれた腰、しなやかな指先、 いきなりヴィジュアル系美系な男性が飛び出してきたのだ。 栞ちゃんには少々刺激が強い。
「“W”のクズどもめ、よくもこの俺様の真の力を封じ込めやがったな!」
しかし、言ってる事は以前と同じである。台詞が無闇に長いのも直っていない。 もしかすると、長い癖が抜けていないのかもしれない。
「エミリオの奴も封じられているようだな。フッ、好都合だ、“W”を倒して俺様が天下を握ってやる!」
犬の封印の解けた刹那のサイキックエネルギーは彼のダメージをあっという間に 回復させた上にエミリオの力も押さえ込んでいた。そう、彼の能力は“闇”、 エミリオの“光”とは相反する属性を持つ。そしてエミリオがウォンによって封じられた今、 彼の力を抑えるのはたやすい。むしろ行き場の無い刹那のエネルギーは暴走ギリギリまで高められていた。 お陰で少々ハイである。いやむしろ、昔からハイなのかも知れない。
「・・・すごい! 貴方なら、みんなを助けることが出来ます!」
栞は思わず、刹那に抱きついた。しかし、彼はせせら笑うように彼女を指差した。
「フッ、まだ胸も膨らんでないチビスケ、誰が相手にするか!」
「オラァッ!」
栞に憑いた“悪霊”の拳が刹那の顔面を抉った。 抉る、そうまるで建物を破壊する為の巨大な鉄球が 鉄筋コンクリートの壁を容赦なく破壊するかのように遠慮なく抉った。 それはまさしく栞の破壊衝動、無意識のエネルギーの実体化! そのまま一方的にボコるボコるボコる。
「・・・・・・はっ! 刹那さん!」
正気に戻った栞の前には、ボロ雑巾のごとき状態で、 半死半生、いや九割方アチラ逝きな刹那が横たわって居た。 慌てて応急処置をするが、非常に危うい状態だ。
「茶番でしたが、楽まれましたか?」
再び力を取り戻しつつあったウォンは、せせら笑うことすらしなかった。 刹那のことは冗談にすら成らなかったのである。彼は怒っていた。束の間でありはしたが、 自分の失敗を見せ付けられた気がしたからだ。それを他人に見られた。 これほどの屈辱を彼は未だ感じたことが無かった。
しかし、彼はまだ知らなかった。否、忘れていたと言えるだろう。 己を脅かす能力者がまだ一人残っているコトを。