第七十六話〜ヤツの帰還!
“W”の最後? そして、ボクはもう迷わない!〜
「ブラドさんはまだ目が覚めていらっしゃらないようですね。」念のため、先ほどまで栞と刹那を写していた時空の眼の場所を移し、 ウォンは確認する。次に映し出されたのは、カルロお手製の時空移動艦の内部。 貼り付けにされたまま放置されているブラドはぐったりと項垂れたまま動こうとしない。
「鬼だな。」
バーンが呟く。キースも頷く。ガデスは苦笑したが、赤エミは声を上げて笑った。
「さて、まだ何か策はありますか? 無ければそろそろ終わりにしたいのですがね。」
まるで幼稚園児を前にした保父さんの様に、ウォンはぐるりと見渡した。 しかし、彼が次に口にするのは「次はおやつの時間です。」でも「次はお遊戯の時間です」 でもなく、「サヨウナラ」。絶対的かつ強制的なこの世界からのサヨウナラ。 ウォンはその台詞を早く言いたくてうずうずしている。
もう彼らの顔を見飽きたのもある。しかし、彼は確信したいのだ。 “神”である自分が単純なミスを犯すことなど無いことを。証拠は隠滅したい。 そして何故かしらか不安になっている自分を早く安心させたいのだ。
「レジーナは・・・」
カルロが思わずうめく。放っておいてしまった妹のことを思い出し、それを口に出してしまった。 ウォンはその細い目を綻ばせて見せる。まだ足掻くのですね。その喜びを顔に浮かばせてみる。
「ソニア・・・」
キースは悲しげに、口にするその名前。 バーンはソニアがまだ死んでないことを知っているのだが、 言い出せる雰囲気でもないので黙っている。
「良いですよ。お待ちしても。」
“神”は常に余裕を見せる。そう言いながらもウォンは少し戸惑っていた。 パティとマイトの表情が全く曇らないのだ。 赤エミはともかく、一番何か仕出かしそうな連中が涼しい顔をしている。 しかし、彼は強気に出る。自分に判らないことがあることを認めたくないのだ。 もしかすると、それが彼らの狙いなのかもしれないのだが。
「一人、忘れてません?」
パティは唐突に口を開く。ウォンはむっとして彼女を睨みつける。
「忘れる? この私が?」
神に失念などあってはならない。しかし、この自身は何だ? 念のため、サイキック反応を確かめる。部屋の中には自分、エミリオ、 ウェンディー、エミリオその2、パティ、マイト、ガデス、カルロ、キース、そしてバーン。 一斉に襲い掛かってきても、対処可能。
室外、レジーナ、ソニア。彼女らの場所から攻撃は不可能。建物外、 栞、刹那、問題外。そしてブラド。今この“世界”に居るのは15名。 ここは自分の世界。他に誰が居ようとも必ず察知できるはずだ。
「居るのならその姿を現して欲しいものです。」
ここに居るぜ! ウォンが眼鏡をかけ直した瞬間、聞き慣れない声が部屋に響いた。 いや、聞いたことがある。しかし、ヤツは! そう思った時にはウォンは背中を袈裟懸けに切りつけられていた。 その瞬間、ウェンディーは駆け出した!
「しまった!」
「エミリオ! バーン!!」
「ウェンディ!」
駆け寄るバーンとウェンディー。 赤エミは自分の方がバーンよりも先に呼ばれた喜びにガッツポーズで打ち震えていた。 お陰で駆け寄り損ねたのだが。
みんながウェンディーに注目したため、折角現れた彼の姿に目を留める者は居なかった。 折角ウォンを踏みつけて、感動の対面を邪魔しないように気を使ったのに。 肩を落とす彼に、カルロが気がついて声をかける。
「・・・どなた、でしたっけ?」
「喉まで出てるんだけどなぁ! 誰だっけ?」
「そういえば、見たことある顔だな。」
口々に言いたい放題やらかす彼ら。鈴木正人(仮)、やはり影が薄すぎる。 読者諸君もお忘れかと思われるので一応解説するが、彼こそは剣道部顧問、 マイトの師匠であり、最も影の薄いオトコ、鈴木正人(仮)である。 “W”が畏れた彼の能力、それは次元刀。時空を切り裂く剣の能力である。
ちなみに“W”によって異次元に飛ばされた彼が迫り来る強敵を薙ぎ払いつつ力を高めていき、 ついには自らの世界に戻る術を見つけ、その途中、別の次元からやってきたマイトと争った挙句、 転移してきたパティと話をつけて“W”の企みを知り、切り出す頃合を見計らうまで、 それはもう血湧き肉踊る空前絶後の大冒険をこなしてきたのだが本編とは関係無いので割愛させて頂く。
「『自業自得』ね、自分で引っ張ってくれて助かったわ。」
パティは赤エミのほうを向いてこくりと頷いてみせる。 彼のやるべきこと、それを促しているのだ。だが、意地の悪い微笑を浮かべる赤エミ。 ヤツを封じておきさえすれば、自分がエミリオの地位につける。
「あ〜!? この子、誰!? ニセモノさん?」
ウェンディーはバーンの腕に抱かれて漸く落ち着きを取り戻したらしい。 赤エミが赤エミだという事にやっと気がついたようだ。 バーンが苦笑しながら、ウェンディーに今までの顛末をささやいている。 キースはかなり、仏頂面だ。
「観念しな。お前はお前だが、ヤツもヤツだぜ。」
ガデスが赤エミの両肩を抱いて逃げられないようにする。 事情の飲み込めたウェンディーは、彼のところに駆けていくと、 じっとその赤い瞳を覗き込んだ。
「お願い。 エミリオのコト、助けてくれる?」
急接近された赤エミは少し戸惑ったが、彼の白い肌はすぐに昂揚してしまうので 照れているのがすぐにばれる。瞳をそらして、返事を吐き捨てた。
「分かったよ。」
「鈴木正人(仮)さん! お願い!」
がっくりと落ち込んでいた鈴木正人(仮)であったが、 パティの声にのそのそと立ち上がった。 基本的にいい人なので、誰かを助けることに反対は出来ない。 だから損をしているわけだが。
エミリオの場所、それは巨大な像の内部で多次元的に隔離された亜空間の中。 三次元的には存在しない場所であるが、鈴木正人(仮)の能力を持ってすれば 切り出すことができる。そしてその場所を知るのは、赤エミただ一人。 構える鈴木正人(仮)をじっと見つめる赤エミ。鈴木正人(仮)は少しずつ移動している。
「そこだ! 斬れ!」
赤エミが叫ぶ!すっかり便利なアイテム扱いされている鈴木正人(仮)は その憤りを空間にぶつけた。空間に穴があく。
「エミリオ!」
「ボクは・・・」
常人の視覚では捉えることの出来ぬ世界から黄金色の翼を持つエミリオが生還した。 まだ意識が朦朧としているらしく、ウェンディーの声を聞いても少し戸惑い気味だ。
「よっしゃぁ!!」
バーンが近くにいたキースに飛びつこうとした。 普段ならキースの側から進んで飛びついてくるのだが 喜びを隠し切れないバーンはお構い無しだった。だが、キースはそんなバーンを押しのけた。
「まだだ、まだウォンの力が残っている!」