第八話〜奥の間!
箱船高校に脈々と流れる影高野の秘儀?!〜


 ぎぃぃ・・・観音開きの巨大な扉が開く。ここは箱船高校最奥に位置する理事長室、通称“奥の間”。生徒も教員も、よほどのことが無い限りこの部屋へ足を踏み入れる事はない。そして、呼び出された者達は須らく口を閉ざし、多くを語ろうとしないのだ。禁忌の場所であり、聖域であった。

 真っ暗な室内を、せつなはきょろきょろと窺う。一足遅れてエミリオが覗き込む。
ぽう、蝋燭の明かりが点り、三人の影が浮かび上がった。一人は護摩段の上に座り、二人はその下で門番が如く控えていた。。

 下の二人は修験者らしい衣服を纏っている。中年の筋肉が眩しい方は六道玄真、体育教師、教頭である。もう1人、骨と皮の老人は潅頂玄信、国語一般と社会、そして法律上の箱船高校責任者。そして段の上の、巫女装束の少女こそ、箱船高校の全てを束ねる者、栞。法律的には彼女に理事としての権限はない。しかしながら事実上の最高責任者は彼女である。

 箱船高校は、普段は特に宗教的な部分は見せないが仏教系私立高校である。密教色濃い宗派であるが故、逆に生徒達には全く普通の高校生活を送らせている。一部の見込みある生徒のみ、その教義が伝えられているらしいが、宗教に関して過剰反応を起す世間様を刺激しないためであるらしい。それでも、近隣の高校では屈指の進学率を誇るだけでなく、進学後も滅多にドロップアウトが無い事で有名であった。

 「エミリオ=ミハイロフっ!控えろぉ!!」

 むきむきの筋肉を誇示しつつ、玄真が吠える。

 「そこの異形の者の件とともに、栞様直々にお話に成られる。」

 あくまで静かに、玄信はエミリオを見やる。異形の者呼ばわりされたせつなは、“イギョウ”の意味が分からなかった。
 栞はその歳に似合わない威厳で以って二人を見下ろす。さすがのエミリオも背筋が凍る。せつなは押し黙った玄信の髭を引っ張っている。

 「先ほど御告げがありました。貴方がこの世の終りを告げる者やも知れぬ事も聞き及びました。」

 冷ややかに言い捨てる栞。エミリオは眼光で応じる。

 「この高校の真義は常ならざる者達の受け皿、これも縁であり宿命でしょう。」

 あー、だから生徒も先生もやけに壊れてるんだ。
 エミリオはつまらなそうに聴いている。

 「私たちも貴方の更正に一層の努力を払います・・・
  今、彼の方のお言葉を伝えます。」

 くはっ・・・大きく息を吐くと栞はびくびくと震えだし、顔の表情が変る。次第に入神状態へ移行する栞、彼女は巫女として、そして霊媒として、高次の存在と接触したり己の身体を貸す事が出来るのだ。栞の表情が変る。

 「はっはっはっは、またお会いしましたね。」

 すくりと立ち上がる栞の目がナイフの刃ほどに細くなる。しかしその眼力は鋭さよりも妖しさを感じる。謎の東洋人“W”が憑いた、不気味な図である。玄真と玄信はその豹変ぶりに冷や汗がたれる。

 「先にせつなの件について承諾を得ました。
  エミリオ君のクラスに編入させてもらいましたよ。」

 わーい♪両手を挙げて喜ぶせつな、舌打ちをするエミリオ。

 「しかし、若い方は良いですね。体が軽いですよ。」

 スキップを始める栞、と言うか“W”、目は当然細いまま。せつはな栞の捲くれ上がる着物のすそを覗き込もうとして玄真に止められる。
 エミリオも気づかないうちに二歩ばかり前進していた。

 「この身体が彼女でなく、貴方でしたらなお良かったのですけど。」

 急にエミリオに目を向けるW、エミリオは壁際まで後づさった。

 「それでは、私は忙しいのでこの辺で。またお会いしましょう、はっはっは。」

 二度と来るな、とここに居る全員が思った。いや、トランス状態になって何が起きたか分からない栞自身を除いて。彼女は疲労でよよと倒れ、玄真と玄信は心配そうに駆け寄る。その瞬間、エミリオはせつなに耳打ちをした。

 「はっはっは、ぶざまだな!」

 突如、せつなは栞を挑発した。怒りに震える玄真を、栞は制す。

 「無礼な口は許しませんよ。貴方もこの高校の生徒として、精進していただきます。」

 「はっはっは、このマジカル☆せつなさまにはおまえのこうげきはきかないのだ!」

 妙に自身たっぷりにせつなはポーズを決める。栞はいぶかしげに首をかしげる。

 「何故?」

 「くくく、それはぁ!」

 「それは?」

 「“ぱちー”よりもおっぱいがちいさいからだぁ!」

 ぶち、何かが切れる音がした。恐る恐る振り替える玄真と玄信。そこには怒りのオーラが実体化し、ぶつぶつと呟く栞がいた。アノオンナヨリムネガチイサイ?その瞳に、蝋燭の灯がゆらゆらと映える。ちなみにパティーは栞に喧嘩売った事がある。

 ぶらり、不気味に微笑みつつ、栞は腕をだらりと下げた。

 「おお!あれは拳闘奥義!ノーガード戦法!!」

 玄真が大きなモーションと共に叫ぶ。が、この際意味はない。
能力が暴走し、訳の分からないものがいろいろ憑きはじめる。

 「バケラッタ! オィ!キタロォ!! ・・・シットルケ?」

 「うぉぉ!!栞様がもののけに!!」

 「焦るな玄真、ここは一つ落ち着いて退魔の呪文を・・・
  ふんぐり〜むんぐるぅぅぅ〜」

 「兄者!それは禁呪では!?」

 パニックに陥る二人を尻目に、狂気を誘う叫び声を上げ始める栞。更なる混乱を続ける玄真と玄信が痛ましいが、そろそろ潮時だとエミリオは判断する。

 「帰るぞ。」

 もっと見ていたそうなせつなを引っつかむと、エミリオは奥の間を後にする。せつなにあの台詞を言わせて正解だった、と微笑みながら。


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