158. アメリカの2006年度予算にみる高校教育改革


杉田荘治


はじめに
   最近、New York Timesは2回にわたってアメリカの2006年度教育予算を高校教育改革
   に重点をおいて報じている。 そこでその原典である連邦政府予算の『予算概要』の教育
   省関係分について、その概要を述べ、次いでNew York Times紙の論評などを述べること
   にする。

T 連邦教育省の『予算概要』から
   2006年度の教育予算総額は560億ドルである。 これは2005年度より1%の減となる。
   しかしそのなかにあって新教育改革は高校教育に振り向ける

   今まで新教育改革の大部分は幼稚園から8年生(中学)までであった。 例えばTitle T資
   金もその5%しか高校に振り向けられていなかったが、これを改善する。 そこでまず15億ド
   ルを連邦主導の着手金として各州に提供し中等教育の質を高め、生徒が十分能力を身に
   つけて職場なり大學なりに進むことができるように支援する。

  【註】 TitleT補助金とは低所得者が多い教育区に与えられ、学力的に遅れている生徒に余
     分の教育サービスを受けられるようにするための基金であるが次ぎの論文を参照してく
     ださい。45. アメリカの包括的教育改革法案ー提言とともにー追記: 教育改革法成立 
      2006年度にはこの資金を4.7%も増額して年間133億ドルにし、しかも高校への配分も
     多くするのであろう。

   この連邦の先鞭は偉大であるが、これらは最近の国際テストのアメリカの15才児の数学と
   読解力の低位のことにも対応するものである。

      連邦政府の『高校への介入第一歩』: High School Intervention Initiative

   この予算12億ドルを各州に提供し、高校の結果責任の仕組みと効果的な方式を工夫して
   もらう。 すなわちこの資金を弾力的に使って、危機に立つ生徒に対する効果的な戦術を
   創ることとする。そのなかには職業教育や各種の調査、大學や諸機関とのパートナーシップ、
   また教育行政機関の政策づくりや評価にも使用することができるようにする。

     整理統合
   新しくつくった『高校への介入第一歩』のもとで、従来あまりにも細分化されていた諸計画
   を整理統合する。 例えば『職業教育』計画、『ボーダーライン向上』計画、『有能生徒の発
   掘』計画、『向上』計画、また『小さな学習共同体』などであるが、これらは連邦政府が基準
   にしているPARTからみると、ほとんど効果を挙げていないからである。
   【註】 PART(Program Assessment Rating Tool)とは連邦政府が予算の執行が適切に
      行なわれているかをチェックするための基準である。 それは諸計画の目的、戦術、
      他の類似の計画と比べて効果はどうかなど多様な要素を設けている。 従って前述
      の『職業教育』計画などは、その数値がかなり低かったのであろう。
      同じように『ボーダーライン』計画もこれは危機に立つ生徒対策であったが効果を挙げ
      ていないと評定された。
   しかしこれらについても、各州が改善の余地があると考えれば存続させる余地も与える。

      高校卒業率
   9年生の生徒のうち30%は高校を卒業していない。 またアフリカ系の生徒やヒスパニック系
   についてそれが50%近くになる。 彼らは生涯、低い能力で低賃金の労働についているが、
   これを改善するために新計画をつくる。

      高校評価
   新教育改革の結果責任の仕組みを利用して、これから9年生から11年生の国語と数学を重
   視していく。 そのために2憶5,000万ドルを各州に提供し、各州が今あるテストとの共存も
   計りながらプランを打ちたてるものとする。

      読解力の向上について
   これについては2005年度は小学校に重点をおいてきたが、2006年度は高校に重点的に
   2億ドル用意する。 これは昨年比で1億7,500万ドルの増となる。

      数学と理科について
   高校の数学と理科については2億6,900万ドル用意するが、これは2005年度に比べて9,000
   ドルの増である。

      上級コースについて
   高校で厳しい上級コースで学んだ生徒は大学で成功している。 従って連邦政府は特別に
   1憶2,500万ドルを用意して各州にその促進を促す。 そのカリキュラムは少なくとも3年間続
   けて数学、社会の科目を含み、また国語は4年間、外国語2年間続ける内容でなければなら
   ない。

      低所得層の高校生支援
   このために昨年より3,300万ドル上積みし総額は5,000万ドルに、また生徒一人当たり5,000
   ドルにまで引き上げられる。

                    Pell Grant

   これは直接、高校生を対象にした貸与金ではないが、間接的にその増額は高校教育に貢献
   することになる。 すなわちPell Grantは45%増で、その額は180億ドル計上されている。
   【註】このPell Grantについて連邦教育省の別の資料: The Student Guide, Financial
      Aid from the U.S. Department of Education によって補足しておくと、これは貸付金
      ではなく、返済の必要はない。 大學学部の2年生までが対象者であるが、しかし医学、
      歯学、法律を学ぶ者および教員免許を取得しようとする者については学部卒であっても
      適用される。 年間最高で4,000ドル(2003-2004)。 本人に直接支給されるが、高校生
      の時、州で上級カリキュラムを履修しておくことが求められる。  また他の助成金を受けて
      いても構わない。

      なお別添資料によって補足するとPell Grantは今後さらに増額されて10年後には190億
      ドル
になり、一人当たりの支給額も2006年度は4,150ドルに、さらにその後5,150ドルに
      まで引き上げられる予定である。
   
U New York Times紙から
   2005年2月1日号と2月8日号から関係分を要約する。    高校を改造すること
   今や伝統的な高校は時代おくれになって21世紀を生きる者の学力をつけさせていない。新教育
   改革法によっていくつかの州では富める家庭と貧しい家庭との生徒の学力差は縮まってきて
   いる。 しかしこの良いニュースは低学年の生徒に限られていることが問題である。 また他の
   産業発展国と比べても十代の成績が悪い。 高校卒業率をみてもそれらの諸国のなかで17位
   であり、ことにフランス、ドイツ、日本と比較すると格段に悪い。 
   このようなことでは21世紀を生きることはできないので、連邦政府は資金を提供し教育をもっと
   精気溢れるものにしなければならない。

    いくつかの試み
   例えばNew York市では大きな高校を分割して小さい高校にするプランが進められている。すな 
   わち数千名もいるような高校では問題も多く学力も貧弱であることが多く、1年生ですでに落ち
   こぼれる生徒が他とくらべて3倍になるところもあった。 これを改善し小さな高校にするとともに
   働く経験も積ませるカリキュラムの学校も設けた。

    全米知事協会も教育に対する主導権を発揮し始めているが、連邦政府もその先頭に立つ。
   そして各地方教委もこれに応じようとしている。 今までは州のなかには始めから低いレベルの
   標準テストを設けデータ-をでっち上げて見せかけの向上があったかのようにしていたところもあっ
   たが、そのようなところでは高校に入ってから失敗するケースが多かった。
   教員の質の向上についても同様である。 再トレーニングを確実に実施することが必要である。

   なお各項目の金額については前述の連邦政府の『予算概要』で述べたように教育総予算額は
   昨年比1%減で560億ドルのこと、48個の諸計画を見直すこと、TitleTの額は4.7%増で133億ド
   ルになること、Pell Grantは大幅に45%も増えて180億ドルになること、その他読解力向上のた
   めに2億ドルが予算されることなど述べられている。

   そして最後に民主党がこの政府予算案について、職業教育を軽視している、また新教育改革法
   全体の予算が1%減になっていることを批判していると付記している。

コメント
   ご覧のとおりアメリカの2006年度教育予算総額は560億ドルであるが、これは2005年度より1%
   の減である。しかしそのなかにあって新教育改革は高校教育に重点が置かれていることが理解
   されよう。その裏づけとして各項目の具体的金額も記したので、わが国の関係者にはその即時性
   とともに参考になろう。

 2005. 2. 25記               無断転載禁止