176. アメリカで市長自身が教育委員長にもなる


杉田荘治


はじめに
   アメリカのコネチカット州の中都市であるHartford市の市長が市議会から教育委員に同意
   され、その後の教育委員会で教育委員長に指名された。
   こんなケースはアメリカでも初めてのことであるが、これについてBoston.comも報じて
   いるが、地元のCournat.comの報道がより良いように思われるので、これを中心にして
   その他若干、補足しながら述べることにする。

T Courant.comの記事(2005年12月5日号)から
   Hartford市のEddie Perez市長が、また新たな宝石を身につけることになったが、教育
   関係者は一様に「こんなことは前例もなかろう」と驚いている。

   市議会が彼の教育委員選出案に同意した後、彼は妻から祝福のキスを受けたが「私は
   教育行政をもっと組織化し、教育委員会そのものも再構築する」と語っていたが、早速、
   夜の教育委員会に出席し、そこで委員長に選出されるであろう。【註 Connecticut News
   12月6日号は委員長に選出された、と報じている】

   市長は「自分は王様になるつもりはない。ただ責任を果たすだけだ」といっているし、また
   「外から傍観していることはできない。 教育そのものの中に入り込んでリーダーシップを
   取るつもりだ」と語っている。 ところで彼の最終目的は、すべての生徒を大學に行けるよ 
   うにすることと学校の安全を確保することであるといわれる。

  批判
   前教育委員長のCarmen Rodriguezさんは「悲しい。 これは傲慢なことで自滅に結びつく
   ような行為である。彼は自分が選んだ人を信頼しないということと同じことをやっていること
   になる」、また「彼は市の行政に専念すべきであり、犯罪の問題や市民に質の高い生活を
   保障してやることこそ彼の使命である。 市の全般について専制的なコントロールを意図し
   ているのであろうか」と語っている。

   また市議会議員のK.Kennedyさんは彼の教育委員同意決議案のさいには棄権したが「これ
   は彼の政治的生命を危うくすることになろう」、「教育は最も経験豊かな教育委員にまかせる
   べきで、彼自身と教育制度との緩衝器を取り外すことは危険である」といっている。 しかし、
   彼は「私が何もしないことこそ危険である」といって、この喧嘩好きな市長は戦いから身を隠
   す気配はない。

   確かに歴史的に見れば、教育委員会と市行政とには一定の距離があり、警察や消防のように
   財政的な紛争にも巻き込まれないような独立機関にすることが望ましいといえよう。 教育は
   政治的になればなるほど財政にも気を配る一つの機関になってしまうからである。

   また彼がいっている「教育委員会は教育長をもっているではないか」ということについても、な
   るほどそうではあるし、時には市長に反対することもできよう。しかしそれは解職を意味する。
   「ちょっと待って。電話をそのままにして、君は反対する?、それは結構。それでは私はキャップ
   を取り替えるだけだ」というかもしれない。

  味方
   彼にとって力強いことは新しく教育委員に選出されたA.Comerさんなどが「われわれ教育委員
   は既成概念に捕らわれないで、子供たちのために何が利益になるのかということだけを考えて
   彼を支持しよう」、「今回の市長の行動は3年前改正した市の憲章に拠って行なわれたことで
   正当である」と言ってくれている。

U 類似の例
   前述のように、このようなケースは今までアメリカにはない。 しかし類似の例はある。
   バージニアに本部のある全米教育委員会協会の副会長の談話によれば「こんな例は聞いた
   ことがないかが、次のような例がある」とのことである。 すなわち、
  ○ コネチカット州のNew Haven市の市長が教育委員のすべてを指名し、自分自身も投票権
    のある教育委員になった。
   【参考】地元の新聞New Havenによれば、D.Stefand市長は11年間、市役所で働いたあと、
       教育委員会に対して強い管理をすることが必要と考えた結果である。しかしまた、50名
       以上の職員やコンサルタントを採用したり、その彼らがここ3ヶ月間に少なくとも10,060
       ドルを市長の選挙資金を提供している、と報じている。
  ○ 同州のStanford市でも市長は教育委員に選ばれたが、投票権のない委員に留まった。

   なおこれらの例は州法によるものではないが、根拠州法が制定されて直接的な学校管理や
   教育委員会管理:Taking-overについては第163編第156編、また第85編、第132編など
   を参照してください。 その一部を下記しておこう。
    五つの形態
      @ 州教育局または州教委が地方教委や教育長を辞めさせて、新たな教育長や教育委員を
        指名して管理する方法。
     A 地方教委や教育長をそのまま残しておいて、州が指名した者に対するアドバイザーとして
        の役割に限定する方法。
     B 州が市長に権限を委任して、市長が管理者などを指名する方法。
     C 州が民間会社と契約して、それに管理を委託する方法。
     D 完全に教職員を入れ替えて、新しい教育方針、カリキュラムなどで再出発させる方法。

    なおEDUCATION LEADERSHIP 2005年1月号によれば、現在30州で特別法が制定され、
    直接管理が行なわれている地方教委や学校がある。

     理由
     ・学力低下など    ・財政悪化のため   ・問題の多い不適切な教育行政
     ・破壊してしまったような統治の基礎構造を再構築するため

V 参考資料
  1. Perez市長の略歴について市の広報誌は、彼は1969年生まれ、ラテン系アメリカ人として初
   めて2001年に市長に選ばれた。 地元の高校卒、しかし小さい時しばしば、いじめを受けた
   とのことである。
  2. Hartford市はコネチカット州にある人口約13万人の中都市で、小学校16校、 中等学校3校、
   高校6校、その他2校ある。 なお面白いことは大規模校にはPrincipalが数名いる。

コメント
   はじめにも述べたように市長自身が教育委員長にもなり教育委員会を主宰する例はアメリカ
   でも前例がない。 教育委員会制度を否定するような独裁的行為といわれても仕方があるまい。
   しかし、市長や首長にとって教委が非能率的で教育効果を挙げていないとする、じれったさが
   アメリカでは根強くあるのではないか。 わが国でも、そのような気配が感ぜられる。
   最近の動きについてでもあるから、教育関係者にはそれなりに参考になろう。

 付記(予告)
   最近、若手の教育研究者から「アメリカの教育判例の取り方や読み方」について尋ねられた。
   確かに若い時期に、そのようなことを身に付けておくことも必要であろうと考え、彼に答える
   つもりであるが、広く一般に供するために次回はそのことについて載せる予定である。 少し
   時間がかかろう。

 2005. 12. 26記            無断転載禁止