24. 体罰問題...その一


杉田荘治

はじめに
 NHKは今春(2000年), 1月 8日と9日、衛星放送BS-1で、『地球法廷 ・ 教育を問う』
という番組を放送された。 第一日目『自由か規制か』では、杉田の意見も取り上げ、
またインターネットの仕様についても紹介していただき感謝している。

これを補足するために以下、体罰問題 その一として、『体罰はハンドル“遊び”論』を、
その二として『理由のある力の行使]は体罰ではない』と校内謹慎[校内停学]を、
またその三として関係資料について述べる。
...............................................................................................................................................................................................
        体罰の限度..ハンドルの“ 遊び ”相当
       .一定の条件のもとでの体罰はハンドルの“ 遊び ”に相当する懲戒の一種である ...   
 学校教育法では、校長・教員は、教育上必要があると認めたときには生徒(児童、学生を含
む)に懲戒を加えることができる、しかし、体罰を加えることはできないと規定している。その際、
考えなければならないことは、その合法の懲戒と違法の体罰との区別は線によって画される
のではなく、自動車のハンドルの“ 遊び ”のような、ある幅と弾力性とによって画されるという
ことである。
T 体罰的懲戒
 前述のような自動車のハンドルの“ 遊び ”に相当する、一定の条件下の体罰は、実は懲戒
の一種であって合法的である。 従って、これを体罰的懲戒といおう
。 よく「 体罰反対 」とか
「いや体罰は必要 」とか論議される際、ことに体罰反対論に、この点を抜きにして語られる傾
向が強いように思われるが、体罰問題を語るときには、まず、この点を確認することが現実的
であり、教育的であり、また法理論的にも有効であると考える 。
 常識的なことであるが、ハンドルの“ 遊び ”も トラック、普通車、小型車 などによって“ 切る
”長さが異なる。その幅と弾力性は微妙に違っているが、大きすぎては一向に方向が定まらな
くて危険であるし、また小さすぎても車体は過敏に反応して危険である。 車の条件によって、
ほどほどの加減さが良い。

 生徒の懲戒も、考えてみれば常識的なことであり、またそれが最も重要なことである。 具体
的なことについては別項・体罰的懲戒制限条項でも触れるが、生徒の年齢、性別、身体的な
強さ、その時の身体的、精神的な状態その他の事情を要件に、各学校で親などの理解や協力
を得て検討されれば、自ずから、その程度が決められよう。
 U 親がわり論
 次に考慮すべきことは、教職員は学校においては、生徒の“ 親がわり ”ということである。
従って生徒に、よく学習指導してほしいし、生活指導上でも、良い人物にしつけてほしいと
願い、それを付託しているのである。 従って、生徒の良くない行為については、普通の親が
考える程度の懲戒はやむをえないと、この点についても当然に付託していると考えるのが
妥当であろう。
 最近の体罰論、懲戒論では、この点について触れず、避けてとおっているように思われる。
アメリカでは、このことについて州法や規則で規定したり、また免責条項を親と教職員とを
同様に適用するなどとして明示しているものが多い。 別途その三で後述する。
 しかし、親と教職員とでは、懲戒規定は同じではない。 親には体罰について学校教育法
第 11条のような禁止規定はない。 もっとも子ども虐待などの場合は他の法律によって規
制され、時には罰せられるのである。 それは親と子という血[ 養子などの場合を含む ]か
らくる自然的抑制原理が働くことを、法は予想しているのであって、敢えて法で規制する必
要がないからてある。 大きな音を立てて子どもを叩いたとしても、実は普通の親ならば、自
ずから手加減しているのであって、子どもを傷つけないように、時には心で泣いて大きな音
(実は大きそうな音)を立てて叩いているのである。 有難いもので血からくる抑制原理が自
ずから働いている。
 しかし、教職員には、そのような血からくる抑制原理を期待することはできない。 従って
時には法によって、あるいは規則や通達、ガイドラインなどによって合理的に規制すること
が必要となってくる。 そして、この制限事項を厳しくすれば、前述のようにハンドルの“ 遊
び ”部分をなくしてしもうことになるし、また緩くすればダラダラになって危険であるから、
生徒の年齢、性別、強弱、身体や精神の状態その他の条件を考慮して適切なものとされる
ことが必要である。
 提言 一
 V 体罰的懲戒制限条項の一例 (試案)
1 生徒の性別、年齢、身体的状況、違反行為の程度............これは必須要件
2 事前に生徒から “ いいわけ ”を聞く。 .........必須要件
3 用いられる道具はどうか。平手だけに限るか。........ よく検討される必要がある、検討事項
4 頭や耳などを避けるようになされるか。 ....... 必須要件に近い、必須要件的
5 その懲戒以前に、居残り、特別に清掃を科すなどの措置がとられるか。 ....... 必須要件的
6 [次に違反行為があれば、その懲戒もありうる]との注意・警告が本人に(場合によっては
 親にも)なされるか。 .................... 必須要件的
7 同僚教師の立ち会いはどうか。 ........ 検討事項
8 教頭、校長への報告 .......... 必須要件
9 生活指導日誌への記載 ..... 必須要件
10 懲戒が行われた場所は適当か。 密室性の排除 、他の生徒の面前ではどうか。.... 検討事項
11 状況によっては親への通知はなされるか。 .... 必須要件的
12 若い教職員に対する配慮 ....... 検討要件
13 長時間、昼食をとらせないとか用便にいかせないことなどの防止。........ 必須要件
14 [ 生徒心得] [親や保護者への通知]などの周知 ......... 必須要件
15 盲ろ養護学校生徒などに対する配慮 ...... 必須要件
16 その他 
○ [ 理由のある力の行使]制限条項との相違点
  次のその二 [ 理由のある力の行使]制限条項の一例[私案]と比較されるとわかるように、
 この制限条項のほうが厳しい。 それは[ 理由のある力の行使 ]は緊急避難的 ・ 自己防
 衛的な場合であるから、機を逸せず行使することが必要であるから、条件を余り厳しくする
 ことよくない。

 しかし、この体罰的懲戒の場合は、それと比べて時間的には余裕があり、しかも生徒懲戒
 の一つで あるから間をおいて慎重に実施したほうがよい。 具体的に、両者の私案につい
 て比較されると、数や事項の違い、必須要件の相違などで理解されよう。
 W わが国の参考資料と私観
1 初中局教務関係研究会編著『 教務関係執務ハンドブック 』 について
 1999年 12月末現在でも、同ハンドブック 3334ページの下記の見解は活きているが、私
、その見解に賛成である。しかし、できれば最後の節はカットされたほうがよいと考える。
何故ならば、そのために主旨がかえって曖昧になるからである。

 また、その普及度について、ある大学法学部研究会から尋ねられたことがあったが、学校
では、その存在すら知られていないし
、またこのことは教育関係者のなかでも大差はなかろ
う。 従って、これを普及されることを望むし、もし改正の必要があるならば具体的に改正して
普及されることを期待したい。
  文部省初等中等教育局教務関係研究会:
  教務関係執務ハンドブック


 「以上、要するに体罰とは、物理的行為によって身体に侵害を加える場合および生徒にとっ
て社会通念上許されない程度の肉体的苦 痛を生じさせるものである。ただし、身体に侵害
を加える行為がすべて体罰として禁止されるわけではない。傷害を与えない程度に軽く 叩く
ような行為は、父兄が子供に対して懲戒として通常用いる方法であり、校長および教員が単
なる怒りに任せたものではない教育的 配慮にもとづくものである限り、軽く叩くなどの軽微な
身体に対する侵害を加えることも事実上の懲戒として許される。つまり時には、叩 くことが最
も効果的な教育方法である場合もあり、いわゆる「愛の鞭」として許される程度の軽微な身体
への行為ならば行っても差し支 えない。しかし、同時に心身の未発達な生徒の人権の保護
についてはあくまで慎重を期さねばならない。


 たとえ教育者としての愛情から出た行為であっても傷害を与えるようなものではなくても、
なるべく身体の侵害と受け取られるような行 為は避けるように努力することが望ましいとい
えよう。」 
2 体罰関係判例 ......
 東京高裁 昭和 56. 4. 1 判決 、いわゆる『女教師体罰事件
 その要旨を下記するが、私はそれに賛成である。 アメリカでは、体罰事件については、
1977年、連邦裁『Ingraham』判決 、また服装検査の事件では『 New Jersey v. T.L.O.』
1985年判決という具合に、どの州教委規則や地方教委規則でも、その要旨を載せている
が、わが国では、その例がない。

 アメリカのような訴訟社会では、教育のケースについても常に訴訟を念頭において備えな
ければならない為であろうが、それにしても、わが国でも今少し、関係判例に注目し教委な
どが、もっと利用するように教職員を指導される必要があろう。
 
    東京高裁判決の要旨[関係部分]
 @ 懲戒方法・形態としては、口頭にによる説諭 ・ 叱責が最も適当であるが、しかしながら
   生徒をを励ましたり、注意したりする時に肩や背中を軽くたたく程度のスキンシップは、
   教育上肝要な注意喚起行為 ・覚醒行為として機能し、効果があることも明らかである。
 A いやしくも、有形力の行使と見られる外形をもった行為は、学校教育上の懲戒行為として、
   一切許されないとすることは、本来、学校教育法の予想するところではないといわなけれ
   ばならない。
 B 生徒の心身の発達に応ずる等、相当性の限界を越えないように配慮しなければならない
   が、結局、各事例ごとに相当性の有無を具体的・個別的に判断するほかない。
 C 本件行為につき、必ずしも疑問の余地がないわけではないが、教師の自由裁量権の範
   囲内に属するものと考える。     
 X 参考資料... 体罰制限条項と親がわり
1 全米PTAの体罰コントロール見解
 全米PTAは体罰に反対しているが、余り強くは反対していないように思われる。なぜならば
次のように体罰が許容される社会[学校]にあってはと、制限条項を次のように求めている。
[原文はその三で記す]
  @ 親の同意と告知されること。
  A 生徒と親に、体罰の理由を説明すること。
  B 学校管理職によって実施されること。
  C 体罰以前の懲戒措置の段階が示されること。
  D 体罰行使のルールが決められていること。
  E 体罰は、その教員とは異なった他の指定された職員によって実施されること。
  F 記録は必要。 それには人種、性別、身体不自由などは必須要件である。また公開
    できること。
  G 生徒と教員のファイルを残しておくこと。それが定期的に確認されること。
2.アメリカの体罰制限条項
 ○ Mississippi州..... Mississippi Secretary of State, Mississippi Code, 37-11-57 ( 原文省略 )
    @ 体罰は秩序を維持するためや生徒を懲戒するために、合理的な方法で実施されること。
    A 州法や連邦の法に拠ること。
    B 教員、補助教員、校長、副校長のいずれも行使できる。
    C 悪意、恣意、人権無視、安全無視でないこと。
    D そのために生徒が悩んだとしても、教員等は免責である。


 ○ Pennsylvania州 ....... 体罰制限条項 22 Pa Code Section 12.5の一部( 原文省略 )
    @ 地方教委の政策やガイドラインに合致していること。
    A 傷害を与えるものでないこと。
    B すべての親に徹底されていること。
    C 親が反対している場合は実施できない。( 別の懲戒 )
3. Alabama州の親がわり
 Alabama州では、教職員に体罰行使を認め、次のように子ども虐待についての条項・Title
26を親と同じように適用しない、という形で親がわりを規定している。 関係原文を下記する。
なお例えば、Alaska州でも同様( Students 51422, Discipline 5144BP ) である。原文省略。
 ○ Section 16-28A-2
 Exemption of teachers and other employees from application of Title 26.
The provisions of Title 26 shall not apply to public school teachers in relation to
corporal punishment of students when the punishment is consistent with established
written policies of the employing board of education. Neither shall the provisions of
Title 26 apply to public school teachers or other employees while maintaining order
and discipline in the classroom and on public school property, including school buses,
consistent with written policies of the employing board of education.
 (Acts 1995, No. 95-539, p. 1121, §2.)
4. カナダの親がわり
 カナダでも同様であると思われる。 カナダでは体罰容認と思われるか゛、ある全国的な団体
から国会に[ 体罰禁止]の法制定を求めて請願書が出されている。 そのなかに、Criminal Code,
section 43 に[ 教職員、親、保護者は生徒、子どもを懲戒するために合理的な力を行使する
ことができる]と規定され、さらに、それにはspanking, slapping.... などが規定されている。 関
係原文下記。
 ○ The Natural Child Project Society
 PETITION TO END LEGAL APPROVAL OF CORPORAL PUNISHMENT OF CHILDREN BY
 REPEALING SECTION 43 OF THE CRIMINAL CODE OF CANADA
 WHEREAS section 43 of our Criminal Code allows schoolteachers, parents and those  
 standing in the place of a parent to use "reasonable" force for the "correction" of
 pupils or children under their care;

 WHEREAS "reasonable" force has been interpreted by our courts to include spanking,
 welts and abrasions.

 2000年1月記         無断転載禁止

...【註】 NHK BS-1. 1月 8日放送[自由か規制か]は、NHK教育放送で 2月 19日に、また
  NHK-BS-1で 3月 25日にそれぞれ再放送された。

 
続く.....体罰問題 その二 『理由のある力の行使』