52-2. 2002年次NEA研究大会に参加して

                   追記 : NEA発表によるアメリカの教員給料
                    追記2 : NEA2003年次研究大会


杉田 荘治: Shoji Sugita

はじめに
 NEA( 全米教育協会)の2002年次の研究大会(Joint Conference) は、6月27日、28日の二日
間、テキサス州Dallas 市で開かれた。NEAの上席政策分析官のRichard Vudugoさんの好意に
よって、これに参加することができたが、高校教頭のWさんも同行された。 会場はAdam's Mark
Hotel, Dallas, 参加者は約1.500名


なにしろ早口の英語には往生したが、それでも詳細な大会要項や出席した分科会での配布資料、
FOCUS ON,質疑応答などによって、かなりその内容を理解することが出来たので、以下その要
点を述べることにする。
T 研究大会のテーマ‐   マイノリティと女性: Minorities and Women
           【註】Minoritiesは少数民族と訳されるが、むしろ分科会でのテーマ‐その他から
              もわかるように“社会的弱者”、またはヒスパニック、黒人、女性、アメリカン・
              インディアン、アジア・太平洋系インディアンなと゛の総称とみたほうがよかろう。     
U 全体会:Plenary Session
1 最初の全体会      27日 8:30 - 10:00
    関係者の挨拶の後、Maryland大学学長のFreeman A. Hrabowskiさんの講演。数学・理科
   教育の専門であるが、自分自身の体験を交えて、アフリカ系アメリカ人の学生が奨学金を得
   て、一流の教育を受ける方策を話された。

2 第一日の昼食会    27日 12:30 - 2:15
   シナリオライターのSherman Alexieさんのマイノリティや女性問題に関する体験談

3 最終全体会(昼食会) 28日 1:15 - 3:00 しかし実際は、3:35 まで延長
    Bob Chase会長の挨拶の後、Bertice Berryさんのスピーチ。 彼女はユーモア作家、喜劇
   俳優、トークショーでも活躍しているが、人種差別や性差別といった難しい問題でもユーモア
   たっぷりに話すことができる人であった。
V 分科会 : Mini-Plenary Sessions
       二日間で45の分科会が開かれた。それぞれ2時間。
       討議テーマ‐は下記のように多様であったが、そのうち私が参加した分科会を中心にして、
       その概要を述べよう。
1 これからの教育の傾向 : Future Trend in Education

   Jawanza Kunjufuというアフリカ系アメリカ人で大学学長である人が問題提起者。 自分の
  体験をふまえて、アフリカン・アメリカ人の生徒と、とくに女性教師との難しい関係や良い教員
  は往々にして良い生徒を受け持ち、能力の低い教員が低い学力の生徒の担任になる傾向が
  あり、なかなかこれの改善がなされない実状、またアフリカン・アメリカ人の男子生徒と白人女
  子生徒との関係などが提起され討論された。

  参加者は約25名。 最初、すべての出席者が自己紹介し自分の質問事項などを述べてから
  討議に入った。 深刻なテーマ‐にもかかわらず皆、冷静に話し合い、それぞれに得たものが
  あったように思われた。 従って無理に結論めいたことも出さなかったことも印象的であった
 2 社会的弱者保護政策・差別撤廃措置と公立教育との関係: Exploring the Value of
                             Affirmative Action to Public Education

   Norma Cantuというテキサス大学ロースクール教授が問題提起されたが、これまた難しい
  問題であった。 すなわち、黒人などのマイノリティや女性といった社会的弱者に教育や雇用
  の機会を優先的に与えるというこの政策が、逆に白人側から『逆差別』だとの不満があるから
  である。 従って両者の主張がここでもぶつかり合った感があった。
   また、K-12 では多様性:diversity が多くなってきているのに、高等教育では何故それに欠
  けるのかなどの話しも出た。 テキサス大学やカリフォルニア大学では最早、社会的弱者保
  護政策をとらないとされているが、その後、現状はどうか、また一般大衆は果たして多様性を
  評価しているのかとの質問も出て活発な意見交換がみられた。 しかし結論めいたものは出
  さず、それぞれが理解を深めたように思われた。
 【註】 NHK. TIMEによれば、カリフォルニア大学とテキサス大学のロースクールが人種に配慮
    しない政策に転じたため、黒人入学者が毎年30 - 40名が0名に、ヒスパニックが50名から
    14名などに激減したとのことである。またバークレーとUCLAについても同様である。

    【追記】 なお、[第64. アメリカの大学入試でマイノリティ(少数派)優遇策は必要か、それともそ
         れは逆差別か? 追記... テキサス州の『10%法』は有力なモデルになっている
]も参照し
          てください。

3 テストと評価 : Testing and Assessment

  Justo Robles というカリフォルニア教育協会のプログラム・マネジァで実際に教員の勤務評
 定や再教育プログラムに携わっている人が問題提起した。標準テストをいかに活用するか、こ
 とにマイノリティの生徒にどのようなインパクトを与えるか、また教員組合はこれにどのように
 関与すべきかについて具体的に例示しながら討論された。 しかし、標準テストを廃止するよう
 な意見は皆無であった。
4 校長と教員との関係不足 : Teachers and Principals Shortage: Mutual Challenges,
                  Opportunities, and Strategies

  Segun Eubanks というコミュニティ教育研究所の所長が問題提起された。特に都市郊外地域
 で教員の質と多様性を高めようとすると問題が起こる。 すなわち、伝統的な黒人の大学と白人
 の研究施設、地方教委と新規採用教員、また校長登用率などの難しさが話し合われた。 参加
 者はわずか13名、その殆どは白人以外であった。 ,
5 出席しなかった分科会のテーマ‐等

 配布された資料などによって、私が出席しなかったものについて下記しておこう。
 ○ ヒスパニック・スペイン系黒人(Hispanics)の教育について
   就学前教育の重視、 スペイン語と英語の2ヶ国語の重視とその教員の採用、 生徒と一対
   一の教育など。
 ○ 黒人問題
   17才黒人の学力は、13才白人生徒の学力と同じ(理科、数学、リーディング)という現実、ま
   た富裕な黒人生徒と貧しい地域の黒人生徒とのギァップ、その他同輩による圧力など。

 ○ 女性問題
   とくに年金の民営化が、財政上の理由とか社会的保障の公平性とかいわれるが、退職女性
   に不利になっている。
 ○ アメリカン・インディアン
   20才ー24才のアメリカン・インディアンの高校卒は70% にすぎず、全国平均よりはかなり低い。
   また現役生徒の全米教育評価システムのスコアも低い。
 ○ アジア系・太平洋諸島系
   ・ 日本系アメリカ人の成功スタイル     ・ 中国系アメリカ人の成功スタイル
    それが次第に全アジア系アメリカ人に拡大した。
    しかし、ベトナム戦争後、ベトナム、カンボジァ、ラオス、フィリピン、香港系の移民の増加
    とともに落第率が高いなど、新たな問題も起こりつつある。 “見えざる少数民族”となり勝
    ちといえよう。
W その他
1 講師について
   非常に多彩であった。 これまで述べてきた人のほか、客員教授、スクールドライバー、ギャ
  ングや麻薬取締官、障害教育のベテラン、成人教育や刑務所での教育担当官、オータナス
  クールの教員、健康教育担当、NEAのロビスト、民間会社の経営者、インターネットの技術者、
  女性科学者、ジァーナリストなどであった。

2  分科会での結論は強調されず、それぞれが参考になるものを得ることが主目的のように思
  われた。 従って、全体会でも「分科会の報告」は設定されていなかった。 また既に述べた
  ように、小人数の分科会では最初に、出席者全員の自己紹介と問題や質問事項を提出され
  る方法がとられたが、これも参考になった。


3.  この30日、9.000名の代議員の投票によって、Reg Weaverさんを新たな会長に選んだ。彼は
  アフリカ系アメリカ人、62才、理科教員、Illinois州出身。この9月から3年間、会長職を務めるが、
  その経歴からして親たちのとの連携をより強化するものと思われる。なお、会員数は270万と称
  している。
コメント
 ご覧のとおり。NEAの代表者会議の前に開かれた研究大会であったためでもあろうが、教員組
合に有り勝ちな絶叫、終始批判タイプの会ではなく、難しいテーマーについても冷静に時にはユー
モアも交えながら進行されたことが印象的であった。 勿論、問題提起者の一方的な話しではなく、
出席者の討論にウエイトが置かれた方法も参考になった。


 日本からの参加は皆無?のように思われたが、今後、教員組合、職能団体のいかんを問わず、
NEAの許容が得られれば参加し、意見交換・交流されることを期待したい。

 なお、ダラスへの訪問は始めてであったので、半日足らずの市内観光もし、ケネディ記念碑へも
訪れたが、その市街や周辺にはも全く起伏がなく一面の“大陸的なアメリカ”を見る思いがした。

 なお別件であるが、6月27日、Ohio州『学習券』の件について連邦最高裁は最終的に合憲の判
断を下した。そのニュースを夕刻、ホテルで聞いたが、帰国後、直ちにその内容を調べて杉田の
ホームぺージに『48 学習券は合憲か? - アメリカ連邦控訴裁判決とその後ー 追記..連邦最高
裁判決』として追記した。
2002年7月 6日記  元公立・私立高校長 教育評論家        無断転載禁止

    追記( 2002. 11. 26 )  : NEA発表によるアメリカの教員給料

    USA Today/ Associate Press, 11月21日号に載ったNEA Report: National salary report
    によれば、
   1 全米で昨年度(2001 - 2002)、California州の教員の給料が最も高く、South Dakota州が
     最も低い。
     また公立学校教員の平均給料(年)....44,499ドル  なお、36州はその平均以下である。

    California州平均.............53,870ドル  その次ぎがConneticut州、 New York州
    逆にSouth Dakota州...........31,295ドル  それにNorth Dakota州、 Mississippiが続く。

   2. 全米の教育費(歳入)は少なくとも、4.3%の増加が見込まれるが、教員の給料は、2.7%増
     でしかない。一方、公立学校生徒数は少なくとも50万人の増加である。 Nevada, Arizona,
     Florida の各州の増加が著しい。
   【参考】全米公立学校の生徒数..... 4760万人    教員数.....296万8904人
      このように、NEA, Reg Weaver会長は「わが国の将来にとって教育は極めて大切といっ
      ているが、教員は自分自身を保っていくのに精一杯である」と言っていた。

    なお、NEA資料によって、その一覧表を補足しておこう。配列は昨年の順である。

   Table 1. Average Salaries ($) of Public School Teachers, 2001- 02 (NEA)
  順位  州          ドル(年)         順位 州           ドル(年)
   2.   CONNECTICUT    53,551         32. NEW HAMPSHIRE   38,911
   1.   CALIFORNIA      53,870         29. VERMONT        39,240
   3.   NEW YORK       53,081         27. FLORIDA         39,275
   4.   MICHIGAN        52,037         28. ALABAMA        39,268
   5.   NEW JERSEY      51,186         31. SOUTH CAROLINA  38,943
   6.   PENNSYLVANIA    50,599         33. TENNESSEE       38,554
  12.   DISTRICT of                   26. ARIZONA         39,973
       COLUMBIA       47,049         35. MISSOURI        37,904
   8.   RHODE ISLAND    49,758          36. KENTUCKY        37,847
   9.   ALASKA         49,418         34. IOWA            38,230
   7.   ILLINOIS        50,000         39. UTAH            37,414
  10.   MASSACHUSETTS  49,054         38. IDAHO           37,482
  11.   DELAWARE       48,363         40. MAINE           37,300
  13.   MARYLAND       46,200         41. ARKANSAS        37,140
  14.   OREGON        46,039         43. KANSAS          36,673
  15.   NEVADA         44,738         42. WEST VIRGINIA     36,751
  16.   INDIANA         44,195         37. WYOMING         37,841
  18.   OHIO           44,029         46. OKLAHOMA        34,744
  17.   GEORGIA        44,073         45. NEBRASKA         36,236
  20.   MINNESOTA      43,330         44. NEW MEXICO       36,440
  19.   WASHINGTON     43,474         47. LOUISIANA        34,505
  22.   WISCONSIN       42,232         48. MONTANA         34,379
  23.   NORTH CAROLINA  41,991         49. MISSISSIPPI        32,800
  24.   VIRGINIA         41,262         50. NORTH DAKOTA     31,709
  21.   HAWAII          42,615         51. SOUTH DAKOTA     31,295
  25.   COLORADO       40,222           U.S.  平均       44,499
  30.   TEXAS          39,232

【参考】 ところでNew York市の校長の年俸は71,000ドルから115,000ドルである。 因みに、
     Washington市では平均、100,000ドル、  Sacramento市ではベテラン校長は110,000ドル  
     Phoenix市では平均93,000ドルである。   (New York Times, 2/27/2003 号)

     またNCES:National Center for Education Statisticによれば、1999-2000年度の連邦
     全体の公立学校教員の初任給(最低)は27,989ドル、平均給料は41,820ドルである。

   【コメント】ご覧のとおり。給料の他に諸手当はよくわからないが、教育行政当局の資料も併せ
        てると、ほぼアメリカ公立学校教員の給料を理解することができよう。

        わが国では県立学校はいうまでもなく、公立小学校・中学校の教員も『県費負担教職
        員』といわれることからもわかるように、その給料はすへて県費(都道府県・指定都市)
        である、人事も広域に亘って行なわれる。従って、いかに財政的に貧しい地方や地教
        委といえども教員給料について心配する必要はないし、優れた教員を確保することが
        できる(市町村立学校職員給与負担法)。
         さらに、その県費の半分は国庫から支出される(義務教育費国庫負担法)。従って
        財政的な厳しい県といえども余り教員給料について心配する必要はなく、全国的にみ
        ても良い教員を確保し高い教育水準を維持することができるという利点がある。

         しかしアメリカの場合は州の間の格差は大きいし、また同じ州内でも富める地区や教
        委と貧しいそれらとでは格差も大きい。従って貧しい地区などでは低い指導能力の教
        員をかかえて低い教育水準に苦しむことになる。 

        最近、新しい教育改革法: No Child Left Behind Actにによって連邦が直接、そのよ
        うな教委や学校へ財政的援助をするようになったが、どの程度改善されるであろうか。

         制度としては、わが国の方式が優れていると考える。しかし最近、『30人学級』や『民間
        人校長』を巡って県と地教委などで問題になっているように、この制度の弾力的な運用も、
        より期待されよう。またこの制度に“ぬるま湯”的に安住し、教育における自由な競争を
        減殺させている面も否定できないであろう。
        教員給料についての彼我の差を認識してわが国の利点を活かされることを望みたい。
        なお、最近English-speaking 教育関係者に、わが国の実状を知らせるために次ぎの英
        文を付記した。  71. Average Salaries of Public School Teachers in Japan

追記 Boston.com(2005年5月6日)号によれば、2003-04)年度の全米教員平均年額は44,499ドル
     である。この額は看護士、経理士などよりも低い。 またUSA TODAY(7/4/2005)には、大學
     学部卒の新任教員の平均年額は29,733ドルとある。いずれも出処はNEA
である。


            追記 NEA2003年次研究大会
       At the New Orleans Marriot Hotel, New Orleans, Louisiana, on June
              28 and 29今年度のNEA研究大会(Joint Conference)は6月28日と29日の
             二日間、ルイジアナ州New Orleansで開かれる。Diversity in Public Education
      できればNEAの承諾を得て参加されるとよい。わが国の教育行政機関、職能団体、職員
      組合は時として殆ど同調者たちで事を協議する傾向があるように思われる。 自分達と少し
      意見の異なった人やグループをも交える研究大会であることを期待したい。(2003. 4. 7)