第五十二話〜緊急講義!?
カルロの超科学に頭がクラクラしながらも〜


「良いかいレジーナ、不可逆性時間粒子を仮定した場合、 それはエネルギーとして方向と力を持っている。 その方向をこちらだとしよう。」

 カツカツと音を立てながら、黒板に怪しげな図面を書き込んでいくカルロ。 レジーナは兄の言葉をとりあえず聞いているもの右の耳から左の耳に情報は ながれ去っていく。そうでもしないと頭がパンクしそうだった。 高校生の頃、訳も分からずノートを取っていた数学の授業を思い出していた。 もちろん、今カルロの解説が分かれば世界征服はおろか、 人類史に永久に語り継がれる。

 しかし、マッドサイエンティストと言う存在は、 喩え悪のためであっても基本的に人の役に立つことを嫌う人種なのである。 カルロもまた然り。今回は特例中の特例、愛すべき妹のためと言う大義名分の元、 彼の知識の全てを傾けて熱弁を振るっている。

 ここはカルロの部屋。 レジーナの前で嬉々として白墨を縦横に操っているカルロは これからの作戦を確認していた。とは言えどそのほとんどは 彼が今まで培ってきた超越物理学の基礎講義、 直接は関係無い話ではあるが、喋っていないと迫り来る世界の崩壊からの重圧に 耐えられないと言うのもあるのかも知れない。

 可哀相なのはジクウレンゾクタイだのヘイコウウチュウだの 難解な語句を捲し立てられているレジーナの方で、 どこからどこまで覚えていいのか聞き飛ばしていいのやら、 チンプンカンプンなのだが、兄思いの彼女はそれでもじっと話を聞き入っている。

「事象の地平を飛び越えることが出来れば、我々にも彼の世界に 辿り着くことは可能。いや、それどころか事が起きる前に戻ることも可能だ。 そのためにはシュヴァルツシルト半径の内部に重力崩壊を起こさず入り込む必要がある。」

 彼と言っているのはとりもなおさず“W”の事である。 以前登場時(40話参照)の『魔法の国の長、時間を司る』と言う セリフをずっとカルロは考えていたのだ。そして彼の超越した(と言うよりも常軌を逸した) 思考回路は“せつな→物体転送装置のミス→異次元”と言う偉大なる三段論法(論理の飛躍)を導き出したのだった。 奇しくもキースと同じ答えではあるが、無論、それが真の回答であるとは限らない。

 しかし、カルロの超越した(と言うよりも常軌を逸した)思考回路は 仮定を前提として話を進めている。それがまた話を分かりづらくしている。 ちなみに今彼が言わんとしているのは “どうすれば魔法の国(仮)に行けるか”と言うことである。

 カルロの部屋は怪しげな物を隠すため、ほとんどが布地で覆われている。 そこには禁書や怪物の剥製やら、筆舌を絶するものが転がっているのだ。 白いシーツに隠された彫像の様な何かしらの脇を潜り抜け、 隣の本棚から古ぼけた本を取り出すと、ページをぱらぱらと捲っていった。

「これにも書かれているが、太古の人類は『時間の穴』を『御社口』と呼び、 神との通行の場所だと考えたのだよ。それはつまり、 “W”の様な異界の者が古くから人類に干渉していた証拠であり、れっきとした事実なんだ。」

 感動の余り、上を向いて涙するカルロ。怪しげな本なので信憑性は薄いが、 彼は確実にその記述を信じきっているようだ。レジーナもとりあえず、頷いている。

「思うに、エミリオ君は『時間の穴』へと開かれた御子神としての存在と考えられる。 神は恩恵だけでなく、破壊も司る存在であるからね。 しかし、あの状態では破壊だけしか生まない。と言うことは我々が 神となる必要があるのだよ、レジーナ。」

「かっ・・・カミ?」

 唐突な所で名前が出てきて、レジーナは素っ頓狂な声を上げてしまった。 さすがに神は行き過ぎじゃない? しかし、兄は妹の声を相づちだと解釈し、話を勝手に進めている。

「超能力が僕らに備わっていることは天恵、いや選ばれた人間だということだよ。 エミリオ君が“光”であるなら、それは“神”と言っても差し支え在るまい?」

「でも、私は“炎”だし、兄さんは“水”だよ?」

 基本的な質問をしてみた。カルロはレジーナの予想通り肩を竦ませる。

「レジーナ、世界各地の神話にもあるが、 特に西洋魔術では火と水は世界の始まりを現している。 そしてエジプト神話を引くまでもなく、兄妹婚と言うのは神の婚姻だよ。 つまり、僕らは神となる資質を備えていると言うわけだ。」

 予想通り、余計訳が分からなくなった。

「で、その『時間の穴』はどうするの?」

 ちょっといらいらしながらレジーナは聴いた。 兄思いの彼女にも、限界というものがある。 しかし、カルロは自信たっぷりに、待ってましたといわんばかりに答える。

「既に用意しているよ、レジーナ。」

 バサっ。

「彼の能力は“重力”これでブラックホールが発生できるよ。」

 カルロが一枚のシーツを剥ぐと、そこにはガンガラ締めに 拘束されたブラドが、そのアルビノの赤い瞳を見開いている。 通りで動いているわけだ、もちろん、カルロの家のものが蠢いていることは 良くあることなので、彼女は余り気にかけていなかった。

「ブラックホールが時空の特異点で在ることは君も知っているだろう? そう、下位の能力者は我々に尽くすために居るのだよ!!」

「すっ・・・凄いよ兄さん!!」

 ここに来てはじめて、レジーナは兄を尊敬した。 それはまるで、お料理番組で出来上がりのものを用意しているような その周到さに打たれたのである。

 が、話の全てを理解しているわけでもない。カルロがこれから何を おっ始めるかも、そして彼の答えが正解であるかどうかすら 彼女の知る所は無かった。


53話へ

“マジカル☆せつな”トップページ
特異効能的理力

おおさま:oosama@aba.ne.jp