174. 『アメリカのために教える』グループの活動と
   その限界


杉田荘治


はじめに
   今、アメリカでは大學を新たに卒業した学生たちが、『アメリカのために教える』という団体
   を創って、2年間だけ田舎や都市部の低学力校で教える活動
を行なっている。
   実は、この運動は1990年から行なわれているのであるが、最近(2005年10月)New York
   Timesがこれを報じているので、まずその記事を要約し、次いで、そのグループ、すなわち
   "Teach for America"が公表している資料から、その活動を概観することにする。 最後
   に、その限界を含めてコメントする。

T New York Times(10/2/2005)号から
   今、全米で新たに大學学部を優秀な成績で卒業した学生たち、約2,200名が貧しい地域の
   学校で2年間だけ教えている。 L. ローレルさんもその1人であるが「私はこれから医学スクー
   ルで勉強する積りですが、その前にまず意味のあることをしようと考え、このグループに志願
   しました」と語っている。

   このように多くの聡明な学部卒業生がアメリカのために貢献しようとし、田舎や都市部の貧し
   い地域で2年間だけ、新任教員と同じ給料や健康手当てなどを受けながら教育に携わってい
   る。 彼らはその後、それぞれの進路に進んでいくのであるが、それを少し遅らせ、またその
   間、本当に自分の進むべき道を考えるためにも、この仕事に取り組もうとしているのである。

   今年もこの『グループ』にYale大學から12%の者が申し込んだし、Dartmouth大學からは11%、
   Harvard大學とPrinceton大学からは8%の者が志願した。 また圧倒的に黒人学生の多いアト
   ランタ-のSpelman大學からも12%と、その志願総数は17,350名にもなった。

   アメリカでは教職は余り魅力的な職業ではなく、給料も低いので有能な学生たちは、それ以
   外の道に進もうとしている。 全米教員資質会議の報告によっても「教職は他の職業と較べて
   も極めて魅力の薄いものなので、成績の悪い者が多い」とされている。 しかし、トップレベル
   の学生のなかには意欲に燃えて低所得層の子供たちを向上させようとする者があり、とくに
   あの9月11日のテロ攻撃以後はその意気込みが強くなってきている。

   しかし、その活動は2年間であるということである。 例えばYale大學学部を昨年の秋に卒業
   したN.フランシスさんは「この夏の事前研修を受け、何か価値のあることをしたいし、またこの
   2年間で将来、自分がしたいことを真剣に考えてみたい」といっているし、また既に夏の事前研
   修を受けて今、マンハッタンの第123公立学校で6年生を教えているクライシスさんも「私は午前
   7時30分には学校に着き、生徒を個々に教え、授業の終わった後も会議に出席し、学習指導
   の方法についても研究しています。 その一つとして金色の封筒を買ってきて、それを円く切り
   “金メダル”のようなものを作ります。 そしてそれを良い成績を取った生徒に褒美として与え
   たり、“クラスのチャンピオン”というプランも創って授業に活かしています」と語っているが、な
   にせ、その活動は2年間だけということである。

   またこのメンバーはその後、半数以上は教育界に入るが、それは主として教育行政や政策に
   関するポストであり、実際に生徒を教える仕事に就く者は少ない


       この『グループ』について
  ○ 沿革
     1989年にWendy KoppというPrinceton大學の学生(3年生)が提唱した。 彼女はExxon
     Mobilから草の根の基金を得て、僅かのスタッフとともに『アメリカのために教える』グループ
     を設立し、1990年にはすでに6地域の学校へ500名のメンバーを派遣するようになった。
     その後、急速に発展しパートナーや慈善家たちの協力を得るようになり、例えばAmerica
     corpsは、このメンバーが2年間の奉仕を果たした後は、彼らに大学院へ進むさいの入学金
     や今まで借りていた教育ローンの返済などのために9,450ドルを与えることを約束した。 

  ○ 財政
     マンハッタンに本部があるが、予算総額は年、4,000万ドルである。 その約4分の1を使って
     募集活動を行なっている。 そのためトップレベルの141大學にスタッフを置いて、募集のた
     めの行事や勧誘をしている。

  ○ 評価
     Mathematical Policy研究の昨年の調査によれば「このグループのメンバーは数学で他の本
     務教員より少し高い実績を残し、英語でも悪くない成績を挙げている」とされる。  また彼ら
     が以前、勤めていた学校の校長の評価も良くて、その63%の校長たちは「彼らは他の教員よ
     り効果を挙げてくれた」と答えている。 親の評判や評価も良く「今後も自分たちの学校へ来て
     ほしい」といっている。
     しかし、Houstonにある研究所の調査によれば、免許を持たない教員よりは良いが、正式採
     用教員ほどの効果は挙げていない、としている。 もっとも、その評価について、この『グループ』
     の担当者は、それは不充分な調査によるものであると反論している。

U 『アメリカのために教える』グループ自身の発表資料から
  1. 沿革
   1988年にWendy Kopp(Princeton大學3年生)が発案し、全米の貧しい地域の子供たちが直面
   している教育の不平等を解消したいし、また自分たち世代の者が違った世界で意義のある仕事
   をしたいと考えていることも考慮して具体化させたのである。

   ○ 1990年には100以上の大學から2,500名の男女学生が応募した。 それを面接によって500名
     を選びロスアンゼルスにある研修所で5週間にわたって事前研修を行なった。 その後、全米
     6地域に派遣したのである。
   ○ 1994年  事前研修所をヒューストンに移し市教委と連携して、その協力を得るようになった。
   ○ 1995年  2年間、各地で教えた者が同窓会を創った。
   ○ 1997年  150名以上のビジネス界のリーダー、政治家、エンターテーメント界の人たち、職業ス
            ポーツマンが協力して事前研修会の講師も引き受けてくれるようになった。
   
   ○ 2001年  Laura Bush大統領夫人が2,000万ドル投資してくれ、そのために一つの内部組織
            を創ることができた。  また、ニューヨーク市に新しく研修所を設置した。 その後、
            この研修所はフィラデルフィアに移した。
   ○ 2002年  志願者は14,000名になった。

     このように今や、全米各地で活躍している(下記地図参照)。

  2 現況
    3,500名のメンバーが全米22地域で、1,000校に在籍し教えている。 その多くは1校で数名に
    よるものが多い。【前述New York Timesでは約2,200名となっているが、Washington Postも
    3,600名と記しているので、これが正確であろう】。
 

   

  3 卒業生
    今まで、全米で200万人の生徒を教えてきたが、メンバーはその後、校長、教委管理職、
    優良教員、医学界、法律、事業界、ジャーナリストなどで活躍し、その数はすでに14,000名に
    もなった。 そして同窓会を創ってメンバーの支援もおこなっている。 例えば彼らが大学院
    へ進むさい、これに協力して奨学金を受けれるようにしたり、その他入学金の免除、単位取得
    についてのサポートである。

  4. 財政
    公的資金と私的資金の両方であるが、その割合は約7 : 3である。 年4,000万ドル
    その他に勤務した地方教委からの寄付金もある。

  5. 給料・手当て
    メンバーへの給料や健康手当は採用した地方教委が直接、本人に支給している。 その
    額は新任教員と同額である。 従ってその額は地方によって異なるが、高いところでは
    年43,000ドル、低いところでは28,000ドルである。
    また赴任旅費も支給され、さらに事前研修期間の滞在費(部屋のレンタルなど)の大部分
    も支給されている。 また地方教委による1週〜2週のオリエンテーションについても同様
    である。

  6. 面接等
    グループ・ディスカッション、実際に授業をやってみせること、個人面接の総合である。
    なお、今年度の申し込み期間は2005年10月30日〜2006年2月17日である。

V その他
   Washington Postもその2005年10月9日号で、この『グループ』が1990年に活動を開始し
   てから今年で15周年を迎えていることを称えている。 すなわち、トップレベルの学部卒業
   生がメンバーであり、3分の2の校長たちが、他の教員よりも教育効果を挙げていることを
   紹介して、今後の15年間も引き続いて、このような活動が続けられることを期待している。
   しかもさらに、地方、州、連邦のそれぞれのレベルで政治的なサポートもなされることを希
   望している。

コメント
   ご覧のとおり今、アメリカの大学学部を新たに卒業した優秀な学生が『グループ』を創って、
   都市部や田舎の低学力校で教えている。 派遣される前には5ヶ月、事前研修を受け赴任
   すれば新任教員と同じ給料や手当てを受けるこの活動は、アメリカにおける一つの大きな
   教育の力といえよう。 その数は常に3,000名以上。  国情の違いはあるものの、わが国
   ではまず考えられない

   しかしなんといっても、その活動が僅か2年間に限られていること、しかもその後、教職に就
   く者が少ないことである。 アメリカでは教職は余り魅力的な職業ではなく、給料も低いのが
   最大の理由であると考えるが、この点を改善しなければ“代用教員を採用する代わり”に、
   この活動を利用しているとの批判は避けられないであろう。

 2005. 10. 27記           無断転載禁止


 別件         アメリカの体罰関係統計

   最近、ある教育関係者から「アメリカの体罰に関する統計」についての質問があった
   そこで回答した内容を第101編の巻末に追記したので、それを見てください。
 その一部
   を下記しておこう

    1. 次ぎ27州が体罰禁止である。
     Alaska  California  Connecticut  Hawai  Illinois  Iowa  Maine  Maryland
      Massachusetts  Michigan  Minnesota  Montana  Nebraska  Nevada  New Hampshire
      New Jersey  New York  Dakota  Oregon  Rode Island  South Dakota  Utah  Vermont
      Virginia  Washington  West Virginia  Wisconsin


  2. 次ぎの23州では容認である。 もっとも本文で述べたように地方教委によって禁止され
    ているところは禁止である。 また一定の条件が定められているので、それに拠らなけ
    ればならない。 連邦へ報告されている体罰を受けた生徒数、その%なども下記しよう。
     ご覧のとおり、全米で342,038名、 その全生徒に対する割合は0.7%である


  なお世界各国の体罰禁止の状況もその本文のなかに記したので併せて参考にしてください。


 別件 2     アメリカのチャータースクールの数

   しばらく前、ある教育研究する人から「アメリカでは今、何校ぐらいチャータースクールがあり
   ますか」と尋ねられた。 その回答分を第37-2編の巻末に追記したので、それを見てください。 
   その一部を下記しておこう。

     全米で40州と首都ワシントンに、約3,400校のチァータースクールがある。2005年4月現在
     その内訳は次ぎのとおりである。

   ○ チァータースクールの自治の程度が高い州............この『センター』が査定してA, Bのレベル
     Arizona; California; Colorado; Delaware; Florida; Indiana; Massachusetts; Michigan;
     Minnesota; Missouri; New Jersey; New Mexico; New York; North Carolina; Ohio;
     Oregon; Pennsylvania; Texas; Washington, DC; Wisconsin.
   ○ その自治の程度が低い州..........この『センター』の査定でC〜Fレベル
     Alaska; Arkansas; Connecticut; Georgia; Hawaii; Idaho; Illinois; Iowa; Kansas;
     Louisiana; Maryland; Mississippi; Nevada; New Hampshire; Oklahoma; Rhode Island;
     South Carolina; Tennessee; Utah; Virginia; Wyoming.

   ○ チァータースクールがない州........その州法そのものが制定されていない
     Alabama; Kentucky; Maine; Montana; Nebraska; North Dakota; South Dakota;
     Vermont; Washington; West Virginia.