265 アメリカ共和党大統領候補ミット・ロムニーの
   教育政策


杉田荘治


はじめに
    この11月に行われるアメリカ(U.S.A.)の大統領選挙で共和党候補者である前マサチューセッツ
   州知事 ミット・ロムニー(Mitt Romney)の教育政策について概観することにしたい。
    とはいっても彼は余り詳細にその教育政策を発表していないが、ここでは彼の支持者の大会で

   非公式に語ったり、また過去の発言その他、文中で記載した資料から要約することにする。
    その主なるものは二つであるが、その一つは連邦教育省を廃止するか、または他の連邦機関
   と統合するかどうかの問題であり、他の一つは教員組合との関係である。 その他、学校選択、
   学校クーポン券、[落ちこぼれ防止法]などについてもその見解を付記することにする。

   全米ライフル協会大会でのミット・ロムニー大統領候補 

 Republican presidential candidate,
 former Massachusetts Gov. Mitt Romney waves after
 speaking at the National Rifle  Association convention
 in St. Louis, Friday, April 13.

 Michael Conroy/AP


                連邦教育省について

    連邦教育省は、それまで教育局であったものを1980年にカーター大統領によって内閣の省とし
   て格上げ(Cabnet level agency)されたものである。 しかし今までもターゲットにされてきて、連邦
   政府は憲法の規定どおり教育には直接関与せず、これを州や地方に任せたほうが良いとする考
   えがしばしば浮上していた。
    このことについては第138編でも述べたが、アメリカ合衆国憲法と教育条項

       第8節で連邦議会の権限が規定されており、陸海軍など軍のこと、貨幣、郵便、関税など
      の特別な税、外交、公海、連邦裁判所、州間のこと、通商、国債、著作権などの規定のな
      かには教育は含まれていないのである。 従ってその他のものに適用される第10節によって
      いる。

        Article 10
        The powers not delegated to the United States by the Constitution nor prohibited
       by it to the States, are reserved to the States respectively, or to the People.
 
  
    彼の考えかたは、その原点に戻ろうとするものである。しかしこれまた第138編 [アメリカの
   教育改革の変遷]で述べたように歴史の流れはむしろ[連邦の教育への関与]を強化するように
   なってきている。 最近でもGeorge Bush大統領は[ひとりたりとも落ちこぼれをつくらない法]
:
   No Child Left Behind Actを成立させ教育への関与を強化した。
    したがって実際に彼が政権を取った場合、どの程度その考えを実現させることができるは不明
   であるが各メディアは次のように報じている。


    ○ Chistion Science Monitor, 2012年4月16日号
        [連邦教育省は将来、保持されるであろうか]
      2012年4月13日、全米ライフル協会の大会でスビーキングの後の非公式の場で語ったの
     であるが、[連邦教育省は廃止とまではしないが、他の連邦機関と統合する。 そしてその
     権限を小さくする。 また教育予算もカットしよう。]

   ○ Wikipedia. the free encyclepedia
      第二回目の討論で[私は以前1994年、上院議員選挙の時、連邦教育省を廃止すると言った
     が、今でも基本的にはそのように考えている。 少なくとも教員組合の利益になっていることを
     是正しなければならない。]

   ○ Christian Science Moniter, 2012年4月16日号
      カーター大統領のとき連邦教育省は連邦レベルの省になったが、しかし[この省は教育につ
     いて、さして仕事をしていない。]との批判が常に共和党内にあった。 丁度この省はwhipping
     boy, すなわち王子の身代わりになって鞭打ちの罰を受けるような役割を果たしてきた。

                   教員組合との関係

    教員組合との関係は弱くなり、その影響力を削ごうとしている。
   ○ Education News, 2012年4月18日号 Washington Post, 2012年5月24日号
      彼の支援者に対して非公式で立ち聞きされたような形をとっているが、[教員組合はオバマ
     陣営に数百万ドルの献金をしているが、われわれにはゼロに等しい。]、[教員組合には強硬
     路線で望むつもりである。]、[連邦教育省は彼らの意のままで、その後を追いかけているよう
     なものだ。]といっている。  また[彼らはいつも自分たちの利益のために壕を築いている。]、
     [オバマ大統領は政治的な力をもっている彼らを気侭にさせている。]、[クラス定員の問題も
     いつも教員組合は遊び道具にしている。]と語っている。

      これに対してAFT(アメリカ教員連盟)委員長 Wednesdayは[彼は公立学校そのものを軽蔑
     している。彼がいかに教員や教員組合の勢力を削ごうとしても、それでは子どもたちのために
     はならないだろう。]と語っている。 またNEA(全米教育協会)委員長Dennis Van Rocketも
     [彼は学校やクラスで起こっている問題から全くかけ離れたことを主張している。]と批判してい
     る。

   ○ NATIONAL REVIEW ONLINE, 2012年5月23日号も同じような記事である。 すなわち、
      彼らの仕事は自分たちの仕事を守るだけのもの。 数十年もの間、彼らとその同盟者は教育
     改革の障害になっている。 その政治的力を利用して、結果責任を果たすこと、学校選択、業
     績に基づく給与、チャータースクール、学校の技術革新、遠距離学習などに反対している。
      われわれは壕を掘って敵陣に近づくような方法で彼らの力を削がねばならない。

                   その他

    学習クーポン券 学校選択
      貧しかったり、身体不自由な生徒が成績不振校から私立学校などへ転校したいとするときに
     は連邦資金を使って学習クーポン券を利用させるなどして援助すべきである。
      また既にlouisiana, Indiana などは貧しい生徒だけではなく中間層の生徒に対しても成績不振
     校から私立学校へ転校しようとするときにも、これを使えるようにしている。 宗教系の私立学校
     へ転校するさいに政教分離の憲法上の問題が派生するが、しかしこの問題もすでに克服され
     ている。 (Washington Post, 2012年5月24日号)

     前述のNATIONAL REVIEW ONLINE も同じような論調でとくに低所得層の親たちに学校選択の
    機会を与えること、連邦資金も州の資金もそのような壮大な学校選択を進め泣けれはならない。
    また、チャータースクールなどもその一環であるとしている。

    [落ちこぼれ防止法]: No Child Left Behined Act について
     この法律は2002年、George Bush大統領によって創られたが良い法である。しかし失敗校を改
    善するための規定が余りにも多く複雑である。 学校レポートカードの記入事項も多すぎる。

      また毎年、[適当な年次計画]を提出させているが、これも簡素化し、National Assessment
    of Education Progressにリンクさせて費用を削減し方法を改善する必要がある。 なお第70編
    も参照してください。

    
[トップに向けて競争]連邦資金
     教員組合に配慮して“売主が高い値段で買い戻す”ようなことになっている。改善すべきである。
      以上 (Washington Post, 2012年5月24日号)参照 また第256編を見てください。

   参考事項 1 ボストン市の学校技術向上のためのTechBoston 活用

         これは彼が州知事のと学校での技術教育を推進しようとして創られた組織である。
          ボストン市や地方から、また支援者からの資金、その額は600万ドルを超えているが、
        公立学校の教材提供、技術指導、行事に資金を使っている。 2002年にはインターネット
        やコンピューター技術に優れた高校生を採用さえしている。 またそのために特に優れた
        専門家による直接指導にも力を注いでいる。 彼が政権を取れは゛このようなプランも
        推進されることになろう。

   参考事項 2 オバマ政権と教員組合との協力例
          237. ボストン教員組合運営の公立学校
          264 アメリカ・コネチカット州で初めて教員組合運営の公立高校
      成績不振校を市教員組合が市教委と合意して、教員組合が運営する(union-run)の公
     立学校として再建する例であるが、このような動きはミット・ロムニィ政権では見られない
     かもしれない。

      またデンバー市教委と教員組合との間でかなり前から共同して新しい給与制度をつくろうと
     する動きがあったが、ProComp(Professional Compensation System for Teachers)という
     プロジェクト・チームを創って試行を続けた。 その後、これに参加する教員は次第に増えて、
      今では、4,100名の教員のうち約1,700名の者がこのメンバーである。 そして『教員奨励基
     金』を創っているが、彼らの昇給分やボーナス増は、その『基金』から支給される。(192編参照)

       このような動きについても同様でミット・ロムニィ政権では少なくなろう。

おわりに
    今まで共和党大統領候補ミット・ロムニー(Mitt Romney)の教育政策について見てきた。連邦教育
   省の取り扱い、教員組合との関係劣化、その他、学校選択強化などである。 わが国でも最近、い
   じめの対応を巡って教育委員会への批判が高まり、その分、首長の教育関与が強まってきている。
   これらと併せてアメリカ大統領選挙の動きに注目していきたい。

 平成24年(2012年)8月26日記         無断転載禁止


          大統領選二人の候補者の教育にかんする見解(付記)

    両者とも教育を経済の重要な骨組みとしている点は共通である。
   しかし、低所得層の大学学部の生徒やバカロレラ計画の学位を取っていない者に支給される
   Pell Grants 連邦助成金について、ロムニー候補は増やすといってはいるが、それはインフレー
   ションの率に合わせる程度で、しかも支給対象を特に必要とするものに限ろうとしている。

    これに対して、オバマ大統領は、これは経済成長の要であるとして働く人がコミュニティカレッジ
   で学ぶさいにも拡大して、それらの人々の再教育にも役立てたいとしている。 また何百万人とも
   いわれる婦人層に使う計画である。

    なお、副大統領候補の討論では、教育はほとんど話題にはならなかった。
   [この項、2012年10月16日 Michele McNell 要約]