69. 最近のアメリカの教育事情(数例)とイギリス・ロンドンの教員ストライキ


杉田 荘治


はじめに
    最近(2002年11月)のアメリカにおける『学習券(クーポン券)』のその後の動き、チァーター・スクール
    の一つの成功例、公立学校の民間会社による経営の例などの教育事情について述べよう。 もっとも
    これらの事項は既述しているので、その続編といってもよかろう。 そして最後にイギリスの教員組合
    のストライキについて付記する。

T 学習券(クーポン券)のその後

    学習券問題については先に、『48 学習券は合憲か? 控訴審判決と連邦最高裁判決』で述べたが、や
    はり難しい問題を引き起こしているようである。 すなわち、ABCD SmartBrief紙、2002年10月3日号に
    よれば、Florida州のある郡で、“失敗校とされた公立学校”から、学習券をもらって私立学校へ転校した
    生徒のうち、4人に1人は元の公立学校へ戻っているということである。州全体から見ても、ほぼ同じ率で
    ある。

    すなわち、Miami-Date郡では、この8月以降、4人に1人は元の学校に戻り、その流れは今も少しづつ続
    いているが、その理由は次ぎのとおりである。
     ・通学が不便になった。   ・親しい友達や先生がいない。   ・自分に適した授業がない。
     ・厳しすぎる生活指導

    これらを数字的にいうと、Florida州では昨年の夏、学習券を得て私立学校へ転校した生徒は、607名であっ
    が、そのうち170名が戻った。 勿論その元の学校は“失敗校”としてラベルが貼られているが、彼らは、や
    はり近くの学校でもあり居心地がよい、といっている。
    「僕はあそこでは先生や校長も知らない」、「始めから、あの学校全体のシステムを学ばなければならなかっ
    た」と16才の高校生は語っているし、またある母親も「自分の息子は元の学校では5年生であったが、あそ
    こでは年齢ではなく、能力によってクラス分けされた」、「聖書のことを多く教える。私たちは、それより知識
    を得たいのに」などといっている。

    論争...... 支持する意見と批判する意見

    1 支持する意見
     ・なるほど前述のように裏目に出ることもあろう。しかし大勢は成功である。「学校選択」の勝利である。
     ・もはや“失敗校に足を捕られる心配はない”。 しかし望めば、そこに留まることもできるのだから。
     ・“失敗校”そのものが努力して向上する契機になる。

    2 批判する意見
     ・特に低所得の家庭にとっては私学への通学やランチ代が負担になる。
     ・私学は余りにも親たちを、学校行事に参加させようとする。
     ・学習券を取り扱う民間会社にドルを得させたり、税金の帳消しをさせるようなものだ。

    3 総合しての意見
     教育関係者たちがいっているように、
     ・元の学校へ戻った生徒の多くには転校先の私立学校でも解決できないような学習上や行動上で問
      題があったのではないか。私立学校は彼らが期待するほど万能薬ではない。
     ・カルチャショックや私立の環境に慣れないこと。 異邦人のような感じで、今まで持っていたものも失う
      ようなことになったのであろう。
     ・私学の創始者たちがいっているように「われわれは社会でベストを尽くさなければ生き残れない」。
      そのことを生徒本人も親も学校に望むのかどうかにかかっている。

   【補足】 “失敗校”から他の良い成績を挙げている公立学校への転校を認める制度も採用されており、そ
        れによって転校した生徒のうちで幾人かは、元の学校に戻っている。その主なる理由はスクール
        バスなとがなく通学困難によるものである。

追記(2006年9月)  なお教育クーポン券(学習券と同じ)については、さらに第189編を参照してください。

U チャーター・スクールの成功例と課題

    ABCD SmartBrief 2002. 11. 1 日号とThe Philadelphia Inquirer紙 10月30日号によれば、
    同市ではチャーター・スクールがブームになってきている。

    1 その数は増えつづけ今年は市内で46校ある。 生徒数、19,500名。 それはこの市の生徒数の10%
     相当する。 例えば技術に重点を置くスクール、建築やデザインに、また文学や数学に重点をおくもの、
     演劇、複数の文化やアフリカ人向けのカリキュラムに焦点を当てるものなど様々である。
    2 親たちにも人気があり順番を待っている。 ある母親は9才の娘を非営利団体の婦人クリスチャン同盟
     と連携しているチャーター・スクールへ1年生のときから通わせている。 このスクールは1998年に開校
     され総合学習を中心にして、そのグループや近くの人たちによって支えられている。
     「近くの公立学校は私には適さなかった。一クラスの生徒数は多すぎるし、先生たちも打ちのめされてい
     た」、「その公立学校は幼稚園から3年生までは、一クラス30名で、4年生以上は33名であったが、この
     チァーター同盟スクールは、幼稚園では22名、その他の学年は25名である」といい総合的にみて、ここを
     選んだことは良かったと語っている。

   3 例えばGreen Woodチァーター・スクールは環境教育センターの近くにあるが、すべての教科学習をその環
     境に合わせて生態学的な勉強をしている。500エーカーに及ぶセンターの自然環境で観察をし、虫の縄張り
     づくり、土の利用の仕方など様々なことを、そこで学ぶ。
     生徒の一人(6才)は鹿の足跡の型を取るために鋳型に張り付いた汚れをタオルで拭きながら「こんなことは
     今まで見たことがない」と叫んでいる。 Sさんは管理職のひとりでもある先生であるが希望してここに異動し、
     「ここは大変よい。親たちも積極的に参加してくれる」と喜んでいるし、ある母親も「ここにはもっと開拓してい
     く余地が十分ある。 学校の設備、もっと手に取るような科学教育、プロジェクト学習など、まだまだ不十分だ
     が、どんどんやっていける楽しみがある」といっている。

   チァーター・スクールを発展させる要件
     主任担当部長のVallasさんによれば、
     ○ 認可したり更新したりするときは、厳しい条件をつける。それに耐えれるかどうが重要である。
       それに失敗すれば閉校しなければならない。現に今年も14校は、なかなか更新することができず、その
       認可要件を厳しくした。
     ○ 州標準テストの得点も重要な評価対象
     ○ 低所得地域の教育区と同じ条件を課す。この基準は最近、施行された教育改革法:No Child Left Behind
        法による結果責任を問うていくことになる。
     ○ 地区も激励し、コストの削減や特殊教育、教員の現職教育に積極的に関わる。
     ○ ずる休みする生徒、落第した生徒、退学になったり監禁されるような生徒のためのチァーター・スクール
       を創る必要がある。オールタナティブスクールのことである。

     ○ 教育免許の点については十分ではなかったので改善する必要がある。

   【註】 なお、チアーター・スクールについては、37 アメリカのチァーター・スクールなどを参照してください。

V 民間経営方式による公立学校運営は良し悪し

 
    New York Times紙 10月29日号によれば、民間会社スクールによる公立学校運営は良くもあるし、悪いとも
    いえるとのことである。
    すなわち、Edisonスクール会社、Mosaica教育会社、Chancellor Beacomアカデミィ会社などによって運営される
    公立学校の成績は伝統的な従来方式の学校の成績より、必ずしも良いとはいえないということである。そのよ
    うな報告書が『総合学校責任評価事務所』から発表された。
    しかし、Edison側は「ここ一年間で生徒の成績向上の割合は他の公立学校のそれより3倍にもなっている」と反
    論している。 一方これを批判する側は、「いや総合的には彼らの成績は悪い」、「彼らは標準テストを受けない生
    徒の分を意図的にはずしている」、「標準テストにない科目を軽視している。 人口統計上の分類を無視して公表
    している」などといっている。

    Florida州のあるEdisonスクールは、理科で優れていたが、それでも全体的に特にそうであるとはいえないよう
    だ。Bush 大統領は教育当局と議会に対して強く、民間経営方式を採用するように求めてきたが、しかしそれは
    科学的な証拠によって裏付けられることも必要だといっている。その裏付けを含めていよいよ発足した新教育
    改革法によって、五年間、続けて失敗した公立学校を新しい管理下におく一つの方法が、この民間経営方式
    である。今後さらに見極める必要があろう。

   【コメント】 どうもEdisonスクール会社などの民間経営方式による公立学校教育は、わが国の学習塾や
         予備校
のそれに似ているように思われる。標準テストの教科・科目では優れていても学校教育とし
          て果たしてそれでよいのかという疑問や論争が続くであろう。 
          なお、別途47 アメリカにおける公立学校のチァーター・スクール化?(エジソンスクールの例)なども参
          照してください。

            付記 イギリス教員組合(ロンドン)のストライキ

    先に、アメリカの教員のストライキと、わが国の教員のストライキについて述べたが、ここで最近のイギリス(ロン
    ドン)教員のそれについて紹介しておこう。
    すなわ、BBC NEWS およびATL資料、ABCD SmartBrief 2002. 11. 1号などによれば、全英教員組合(NUT)と婦
    人校長協会(NASUWT)は、きたる11月26日に1日ストライキを計画しているとのことである。 彼らは『ロンドン市
    手当て』を少なくとも3分の一引き上げるよう求めている。 彼らは、この3月にも3,000名参加の1日ストライキを
    やり、市内2,000校の約半分の学校で授業を混乱させたことがあったが今回再び実施しようとしている。

   ロンドン市手当て( London Allawances )  教員について
    @ 都心部在住者に対して.............. 年間、3,105 ポンド
    A 都心部以外の市内在住者に.....年間、2,043 ポンド
    B 周辺地域在住者に.......................年間、 792 ポンド
   【註】 都心部とは、Inner: City of London と12の区、 その他は20の区
       この地域手当を首都警察官なみに年間、6,000ポンドに引き上げるよう要求しているのである。
       因みに消防士たちは給料40% を要求している。

   【参考】 教員の給料
       @ 教員免許を取得した者........7,628 ポンド 
       A 教職経験7年の者................25,746 ポンド
       B 上級の者................................27,894 ポンド

   ストライキの賛否 ...........○賛成 81%      ○反対 19%
         しかし婦人校長協会のほうは、3分の1しか投票せず、賛成57%,  反対43% であった。

   また、ATL ( Association of Teachers and Lecture )も同様に1日ストライキを計画している
   この教員協会は教育の職能成長を主たる目標にしている組織で政治的にも政党とも無関係である。
   教員、講師、支持者などで全国に約16万人の会員がいる。 彼らのストのねらいは、待遇を引き上げること
   によって、教員採用やその確保をはかろうとするところにある。

   以上のようなストライキに対して教育当局スポークスマンは、「ロンドン市の新任正式採用教員の給料は、
   20,733 ポンドであり、また教職経験の豊かな教員については、1997年から31%も引き上げた」といっている。

  2002. 11. 14 記           無断転載禁止

                 追記(2002. 11. 29)  ロンドンの教員ストライキ

    前述のロンドンの教員ストライキは計画どおり実施された。すなわち、BBC NEWS 2002.11.26号によれば、
    1 全国教員組合(NUA) と婦人校長協会(NASWT)の1日ストライキのために、1,000校以上の小学校と中
      等学校で休校をよぎなくされた。 このことをロンドン政府当局も認めている。

    2 要求 前述のとおりであるが、婦人校長協会のほうが、やや厳しい。すなわち、
     @ 都心部在住者....................現行3,105ポンドを............6,111ポンド(首都警察官)なみに。
     A その他の市内在住者.....現行2,043ポンド.................6,111ポンドに増額。
     B 周辺地域在住者..............現行 792ポンド.................2,000ポンド.に増額

     全国教員組合のほうは@は、6,000ポンドへ増額を。 Aは4,500ポンドへ、 Bは2,500ポンドへ増額要求。

    3 なお、守衛、実習補助員、行政事務員も教委に圧力をかけているし、消防士も8日のストライキを実施
      している。
    4 組合の言い分 
     ○ 首都では生活が困難になり、全く教職から去るか、あるいはもっと生活費の安い地域に移るしかない。
     ○ 教員の充足に問題が生じて役に立たない教員や臨時教員などで教育の質が低下するだろう。

    5 行政当局の言い分
     ○ [4年以上ロンドンで勤務した教員に臨時ボーナスを支給するように準備していたが、組合は交渉に応じ
       ないでストライキをやった]
     ○ 教職そのものを損なっている。 また1997年に勤務した教員は50%近くも報酬が上がっている筈だ。

  【コメント】 ご覧のとおり。それにしても、わが国の人事院・人事委員会の勧告制度は優れているように思わ
          れる。