150. わが国の教育のあり方ーアメリカと比較して


杉田荘治


はじめに
   最近(2004年11月)、国立N大學で標記のようなテーマ-で特別講義をした。 内容的にには
   筆者が今まで述べてきたことのほか真新しいものはないが、それでもアメリカと比較しながら、
   わが国の長所や特徴に重点を置いて講義した。 ここではそれを補足し、教員給料など以下
   記載する項目によって論考しよう。

T 教員給料
   わが国では県立学校はいうまでもなく、公立小学校・中学校の教員も『県費負担教職員』といわれ
   ることからもわかるように、その給料はすべて県費(都道府県)であり、しかもその1/2は国庫負担で
   ある。従って、いかに財政的に貧しい地方や地方教委といえども教員給料について心配する必要は
   なく、優れた教員を確保することができる。


   アメリカではその平均給料は年額 45,771ドルである(2002-13年度 AFT)。
   California州は最高で平均年額は55,693ドル、South Dakota州は最低で32,414ドルであるが、
   しかし、California州でも地方教委によっては、もっと高額のところもあろうし、一方South
   Dakota州でも、もっと低額の地方教委もあろうから、全米的にみれば給料の差は大変大きい。
   上昇率も全米平均では3.3%であるが、中にはNew Jersey州は7.5%もアップしているがNevada
   州のように6.3%もダウンしているところもある。
   このように給料についての格差は大きい。従って貧しい教育区では低い指導力の教員をかかえて
   低い教育水準に苦しむことになる。


  制度としては、わが国の方式は優れていると考える。 しかし最近、地方自由度を
  大幅に拡大する三位一体論や教育といえども聖域ではなく、もっと自由競争の原理
  が働くような仕組みに改める必要があるとして、この国庫負担のあり方が大きな問題
  になってきている。1/2国庫負担を1/3にしてその他はほかの財源によるべきとする
  意見もつよい。 しかしその根幹は上述のような長所を維持する必要があろう。

                勤務評定とメリット・ペイ
   アメリカでも効果的な教員給料メリット・ペイ方式には苦慮している。 
   148. アメリカでは首長によってメリット・ペイが広がってきている
 を見てください。 例えばミネソ
   タ州の案では1. 他の同僚教員、特に新任教員を手助けする『指導教員』に年額5,000ドルを支給
   する。 2. 『マスター教員』に対して8,000ドル昇給させる。 彼らは教員の研修や評定を手助けし
   生徒の学力テスト成績を分析し、更に毎日1時間または2時間授業を担当する。 3. 勤務成績も
   良く、生徒の学力を向上させた教員に2,500ドル〜3,000ドルのボーナスを与えるなどである。

   またアメリカ・コロラド州のデンバー市教員組合が市教委と合同して、生徒の成績向上を主にした
   メリット・ペイ方式の新しい給与体系を創った。これについても 
136. アメリカで教員組合が市教委と
   共同で新給与体系を創る例
 を見てください。

             わが国の教員勤務評定と給料等

   わが国の場合も難しい問題であるが、私案を述べておこう。
    
1. 評定の項目
     @ 授業での成果 (授業参観、生徒の成績、学習の雰囲気などを含めて)
     A HRTとしての働き・成果
     B 校務分掌における働き・成果 (同僚との協調ぶりを含めて)
     C 親、PTA, 地域などとの接触ぶり・成果
     D 部活動、学校行事などでの活躍ぶり、成果
     E 自己研修の様子・成果
     F その他

   それぞれの項目についての配点はきめおくが、むしろ総合して100点満点での総合点が妥当な
   場合が多いような気がする。 教頭が第1次評定者、校長が第2次評定(最終評定)者とする。 
   時には教委で校長と協議の上、調整することもあろう。


    2. ランクと比率
     A, B, Cの3段階、 割合は3 : 6: 1程度、時には2: 7: 1   A、Bにはそれぞれぞれ+と - 
     あり。 Cにはなし。 従って7段階程度か。
 このようにBを極めて厚くする。

   3. 昇給差
     ABC それぞれ2,000円〜5,000円程度。 また+ - により若干の差あり。
     しかし余りその差を大きくしないようが、わが国では適当であろうし、またそれで十分、
    優良教員は満足する。 ボーナスについてはその差はもう少し大きくてもよい


   4. 自己評価の必要性と考慮すべき点
     自己評価の必要性はあるようにいわれるが注意する必要がある。 というのは教員によっ
     て自己評価の
甘い人辛い人があり、特に前者について勤務評定後、まずい感情
     を引きずる惧れがある。 また組合 の戦術とし
て利用される懸念もあろう。 むしろ年度初め
     などで自己研
修計画を含めて自己申告制度のほうが良いかもしれない。

          なお学校に対する特別報奨金
    向上した学校に対して特別報奨金を支給し、その使途を各学校(校長)に一任する方法
    が良いと考える。 学校の全員が協力して成果を挙げたのであるからである。

U 生徒指導問題

   アメリカではゼロ・トレランス政策を原則として生徒指導(discipline)が行なわれているが、
   その効果とともに、次第に信頼、愛情と尊敬とうう学校文化が
損なわれてきているとい
   う懸念も少しづつ強くなってきているように思われる。
 このことについては145. ゼロ・ト
   レランス政策は修正する必要があろう
 を見てください。
   わが国では通常の公立学校で厳しいゼロ・トレランス政策がそのまま通用するとは考えら
   れない。 むしろ長期的にみればアメリカ以上に負の部分が広がることが予想される。

   矢張り、[よく話してきかせれば、聞き分けてくれる]という子育てや教育の方法は、わが
   国の伝統であり長所である。
その基本は今も変わっていない。この方針と方法に拠って
   学校(校長)、教委、地域社会、マスコミなどが毅然たる姿勢を堅持することである。

   非違行為を繰り返す生徒に対しては、停学、「出席停止」もやむを得ない。アメリカのように
   停学、退学が大幅に増えるものではないが、それを確実に実施すること。また校内停学
   措置を活用することもわが国の実情に合致していよう。

   また例えば参観授業で騒がしい親に注意することもできず、運動会でわが子の写真を取る
   のに審判の先生が邪魔になる等の注文に、変に“サービス”するような雰囲気の学校やまた
   教育そのものを揶揄し嘲笑している放送番組に対して強く抗議できないような教委、教員組
   合であるとしたら、生徒指導の芯そのものが曖昧になっているのである。
 

   また体罰と生徒の暴力行為を排除したり、騒ぎを静めて クラスの秩序を回復・維持したりす
   るために教職員が[力を行使]する行為とを混同してこれを違法視しているきらいがあるが、
   そうではない。 また指導の方法が少しいびつだからといって一生懸命に生徒指導に取り組
   んでいる先生を批判し、その意欲を殺ぐようなことこそ問題なのである。 多少のいびつさは
   よしとして、学校や教委、地域社会、マスコミがわが国の長所に拠った生徒指導をしていくこ
   とが重要である。

V 学力標準テスト
               各州の学力標準テスト
   アメリカでは新教育改革法によって、すべての州がリーディングと数学について州の学力標準テ
   ストを実施し地方教委や学校ごとの成績を比較することになっている。
   人種、民族、社会的経済的なことに関係なく、各州が手加減しない標準テストを作ること。その
   テストは事前に連邦政府の承認を得ることとされている。
   しかもそのテストで、すべての生徒が2014年までに『良』: proficiency に達するようすること。
   アメリカではNCLB法以後、州から連邦へのテストの結果の報告は、少数派生徒、英語を母国
   語としないような生徒、身体不自由児など小グループごとのスコアも学校ごと、地教委ご
となど詳細
   に報告され、しかもそれらは広く一般にも公表されるので、関係者にとっては結果責任は厳しいもの
   になっている。
    例えば失敗校の公表の例としては86. アメリカの教育改革法:No Child Left Behind Act その後3 をみて
   ほしい。 その他
85. アメリカの教育改革法:No Child Left Behind法 その後2 、
   149. アメリカでは新教育改革法(NCLB)は修正されていくであろう
 を見てください。

               全国学力標準テスト: NAEP
    National Assessment of Education Progressであるから正確にはアメリカ教育向上評
   価テストとでもいうべきであろうが、連邦が継続して教科を評定する唯一の標準テストであるか
   ら全国統一テストと呼ぶことにする。 その報告書は前に述べたように全米レポートカードと呼
   ばれ、連邦の教育センターが実施する

   そして2002年度にはリーディングと書き取りについて50州といくつかの管轄圏が4年生と8年
  生について行なわれ、2003年度には前述のように数学とリーディングについて実施された。 
  次回は2005年である。
 この結果も詳細に公表されている。

               わが国ではどうするか
  @ 国や都道府県において統一した『学力標準テスト』を実施されること。
  A 当面、それが困難であるならば、市町村において、『学力標準テスト』を実施されること。
  B 前記のテストを実施できないときは、
     3校以上の学校が組んで『学力共通テスト』を実施されること。その組み合わせは通常の
     学校とチャーター・スクール(コミュニティ・スクール)との組み合わせでもよい。

   但し結果の公表は別途考慮されること。但しアメリカのように広く公開することは適当では
   ない。その他63. 提言ー都道府県による学力標準テストを創設されること を見てください。

W その他
             学校財団
    “特色ある学校づくり”も銭がなくては力がない。 教員の顕彰などのためにも『学校財団』
    を認める必要がある。従来のPTAは、その会計を事務長や教頭が兼務するなど不明朗な
    ものもあったと聞くが、この『財団』は学校とは独立させて“特色ある学校”に貢献する組
    織にすればよい。人件費などのために、数校の分を担当するなど、その気になればできよ
    う。 基本的な学校予算は今までどおりであるので、基本的な学校経営を阻害するもので
    はない。

    学校5日制にともなって土曜日のあり方が問題視されているし、また総合学習のあり方
    ついても民間の組織の力に期待する動きもあるが、このような学校財団を活用できないか。

      特別教室(学校塾)の運営    
    これは学習塾にも影響するし、時には競争になろう。しかし「塾のほうかが楽しい」が普通に
    なるようでは、公立の負けである。一部の教員がよくいう「人間を育てる」公立教育だけでは
    信頼は得られない。 このような特別教室(学校塾)の運営もこのような財団で行なうことが
    出来ないか。 但し受講料は有料、廉価。 また一部生徒の減免もあろう。

   
 今までの教育改革論議で、学校教育と学習塾との関係については避けて通っているように
    思われるが、このような学校とは独立し、また協力しながら運営する組織が必要であると考え
    る。
 

               教員免許の更新

    アメリカでは新教育改革法:NCLBの実施にともなって、2005-06年度の初めまでに、総ての
    教室に「指導力十分な教員」を配置することを各州や各地方教委に義務づけている。このこと
    は現職教員にとっては厳しい免許の更新といえよう。
    しかし連邦教育省は、この定義を明示せず、各州に委ねているが教職歴の長い教員といえど
    も例外は認めず、すべて新たに州の認証を受けるか、あるいは全米的な認定テストや州によっ
    て公認された地教委の講習を履修し『指導力十分』と認定されることを求めるかなり厳しいもの
    であることに変りはない。

    その後かなりの混乱もあったので最近、連邦政府は通達を出して、田舎などで二つ以上の教科
    を教えている教員は、その一つで「指導力十分」と認定されれば、3年間は他の教科についても
    教えることができるとしたり、また理科の科目についても同様にあつかうなどとして多少緩和した。
    なお、105. アメリカで『指導力十分な教員』は、どの程度充足されているか も参照してください。

           わが国の教員免許の更新

    10年目研修を強化することが良いと考える。 研修委員会として教員、教委、研究所、大学、
    民間人からなる機関を創り、その計画に基づき、該当教員が校長が承認したそれぞれの研
    修計画を履修するものとする。 
    また判定の程度も高齢者に対する運転免許の更新程度でよく、合格(適性)または不合格の区
    分で十分である。大部分は合格(適性)でよい。 結構、再トレーニングになり、その間、に自主
    的に免許を返上する者もあらわれよう。 無理に点数によるランクづけはしないほうが、わが国の
    実情に合っているし、またそのほうが自分の長所を伸ばし短所を補う研修に取り組もうとするな
    ど効果的である。
    大学院による再教育の案もあるようであるが、受け入れ定員や理論的すぎる現状からして更に
    検討される必要があろう。勿論、共通の一科目としたり、希望する教員に対する選択科目とする
    ことはよいが、もっと幅広く英会話教室、IT関連の職場、デパート、食堂、ジム、矯正施設、病院
    など、現職教員が前述したように、この機会を利用したいとするような制度を望みたい。

          英才教育
    アメリカでは現在約110万人のホームスクールの生徒がいるといわれる。 彼らは高卒の証明
    書は得られないが、SATT、SATUの高得点の者はその点をクリアし年齢にも関係なく、かなり
    の大學に入学している。 勿論余りにも若過ぎて、青年としての社会的成熟度で幼すぎるのは
    問題であるが、わが国のように“一本釣り”のような例外はあるものの、大學入学資格を18才
    以上とするのは、やはり硬直的であろう。改善が望まれる。
    なお、97. 12才の少年がシカゴ大學・医学スクールで順調に学んでいる を見てください。

 コメント

    ご覧のとおりアメリカと比較しながら、わが国の教員給料と勤務評定、生徒指導のあり方、今後
    創る必要のある学力標準テスト、学習塾との関係、また教員免許の更新等について論考した。 
    いずれも急務の問題であるから、それなりにわが国教育関係者には参考になろう。

 2004. 11. 20記             無断転載禁止


 付記 N大學で講義してから約1ヶ月経って大學当局から謝辞とともに聴講した学生の感想文が一部
     送られてきたので、その一部を下記する(原文のまま)。

    ・ これまで、日本の教育と海外の教育を比較したり、そのような学習をする機会がなかったので、
     アメリカとの比較であるが、すごく新鮮でおもしろかった。
    ・ 日本の教育の問題点、課題については、個別にとりあげるて考える機会はよくあるが、それ
     を海外の状況と比較するということを今まで、したことがなかったので、この講演は自分にとって
     新鮮だった。
    ・ 日本では一律の給与によって、一定のの水準の教師が確保されている。 しかし、努力してい
     る教師と不適格教師では、それぞれに相応な評価がされるべきである。 日本でも何らかの方
     法を考える必要があるだろう。
    ・ 人事や校長を長くやった人らしいお話だったと思います。 様ざまな問題について、短い時間
     なのにボリュームのある話でした。
    ・ 他国の教育制度で、取り入れるものは取り入れ、日本に合わないものは入れないという取捨
     選択が必要になる。やはり校長というものは、生徒の状況を把握したうえで、教育に対して、情
     勢にたいしてはば広い知識をもち、学校をレールの上にのせてやるという役割である、と思った。